今日は母の命日。
けっしてベタベタの母娘ではなかったが
母の死に関しては
亡くなってから10年以上たった今でも
言葉にしようのない複雑な思いがある。
ふえるわかめちゃんじゃないけど
いったん溶解すると
どんどん量がふえて収められなくなるので
いつもは心の隅で凝固させている。
年を取れば取るほど
望むと望まざるとにかかわらず
自分の中に母のDNAの存在を感じる機会が増える。
その存在が
誇らしかったり疎ましかったり。
母という人の一生を思い返すと
母の内にあっただろう喜びや哀しみを
私はどれほど知っていたのだろうと思う。
私の中で渦巻ていたり石灰化したりしたさまざまな感情を母が理解しなかったように
私も母の心の奥の奥までのぞきみることは最後までなかったし
当時の私ではできなかったと思う。

それでも私は
あの母から生まれたのだ。
彼女を母として思い出すことのできる娘という存在は
これまでも
これからもずっと永遠に
私だけだ。

二度と逢うことのできない母に
溶けだした思いにおぼれそうになりながら
心の内で何度も巡り会う日。

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