今回のようなことが起こった時
報道を見てていつも思うのだが
被災され、大変な思いをされている方に
マイクとカメラを向けて『今、どんなお気持ちですか?』と聞く報道というのは
アリ、なのだろうか?
愉快なわけがないだろう、と言いたくなるし
この記者はこの被災者に何を言わせたいのだろう、
そのインタビューを誰に向かって報道したいのだろう、
その報道にどんな意味や公益があるのだろう、と思ってしまう。
同情を込めた声でインタビューするそういう画面になると
私はすぐにチャンネルを変えてしまう。
被災地の現状やその時点で本当に必要とされる物や人の情報、
安否情報や、心強い救助の様子など
たまたま被災を免れた私達に今何ができるのか、
冷静に、でも懸命に考えるための拠り所としても
報道の果たす役割は大きい。
か、そこに
被災されなすすべもなく呆然と佇む老人に『今どんなお気持ちですか?』と聞く報道は本当に必要不可欠なのだろうか?
そのインタビューを見ることで
何らかの支援をさせていただきたい、という気持ちがより強くなる視聴者(企業や公の機関含めて)がいる、ということだろうか?
被災地や避難所の現状や
支援の不備による窮状を客観的に、
またはそれを必死に訴える被災者の声をより迅速に正確に伝える、
それ以外に
命からがら逃げてこられた被災者で混乱している避難所で
(これは言い過ぎかもしれないが)より劇的な被災者を探すようにしてインタビューすることが
今このタイミングで
本当に必要なのだろうか。
阪神大震災の時よりもそういう報道は少ないようには思うが。
それとも被災を経験してない私には
わかってない部分があるのだろうか・・?

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