「マンハッタナーズ」というネコのイラストでお馴染み、ニューヨーク在住のイラストレーター・久下貴史さんのカレンダーを毎年利用している。

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随分前の話になるが、久下さんの帰国中に某書店でサイン会が開催されることになった。
そちら系のイベントにはまったくベクトルのない私だったが
飼い猫の写真を持参すると、その猫のイラストも描いてくれる、という企画に惹かれ
当時飼っていた猫・ハチくんの写真をにぎりしめ
私にしては珍しく(というか初めて)イベント会場に出かけていった。

ところがそういうイベントに慣れてない者のあさはかさ、開催時間に合わせて出向いたら
先着〇〇名様で、とっくに締め切られてしまっていた。
人気のイラストレーターなのだからちょっと考えればわかりそうなものなのたが
自分のアホさ加減に呆然と立ち尽くしていると
そんなに広くないサイン会場の奥から、久下さんとファンの方の会話が聞こえてきた。
久下さんがお客様の話にニコニコ顔でうなずきながら、一枚一枚その方の猫の絵を描いてさしあげている。
特にパーテーションとかで区切られてもいなかったので
サイン会参加は無理でも、久下さんの描く絵は割と近くで見ることができた。
するとどの絵もあまりに可愛くて可愛くて
そしてそれぞれのファンの方とその飼い猫くんとのエピソードも、ちゃんと絵のどこかに反映されていて
もう参加とかできなくてもいいから、そこでずーっと久下さんの描く絵を見ていたくなってしまった。

そんな私の(たぶん客観的にはちょっとヤバい)様子を見ていた係のおじさんがコソッと話しかけてきて
「今だったら最後尾に並んじゃっても大丈夫だから」と(誠にズルくありがたい)指南をしてくれた。
私は即あたりまえのような顔をして列のいちばん後ろについたのだが
ズルくて優しいおじさんは、それを見て見ないふりをしてくれた。

そんなおじさんの粋な(?)はからいがあって、めでたくサイン会の最後の客として久下さんの前に座った私は
持参した写真を見てもらいながら、ハチくんの生い立ち(生まれたてホヤホヤで兄弟3匹と一緒にビニール袋に入れられ、母親の胎盤ごと捨てられていたこと)や、うちに来ることになった経緯を話すと
久下さんはハチくんの絵を描きながら「ハチくんは幸せになれたね」とおっしゃってくださった。
「はい」とシンプルに応えればいいものを
その時なぜか私の口をついて出たのは「私が幸せ!」という言葉だった。
久下さんは一瞬「あ!」という表情を浮かべたあと、クスクスっと笑って
ハチくんとその横で幸せそうに笑っている私の絵を仕上げてくださった。

私は今でもたまにこの時の自分を思い出す。
今の銀次くんもそうだが、ハチくんがうちに来たことで少しでも幸せを感じてくれていたとしたら
私にとってこんな嬉しいことはない。
銀次くんやハチくんがあられもない姿で無防備に爆睡していたりすると
心がふんわりときれいな丸にふくらんでいくような感覚がわきあがってくる。
苦境の猫を預かって幸せにして「あげて」いるつもりが
実は幸せをもらっているのはいつもいつも飼い主の私のほうなんだな、と思う。

まだ日本舞踊家としては駆け出しの頃
亡くなられた尊敬するある先生にお稽古で言っていただいたことを思い出す。
「あなたが舞台の上で見てないものは、お客様の誰も見ることはできない。あなたが舞台の上で信じないことは、お客様の誰も信じない。迷ってはダメ、もっと信じなさい、もっと愛しなさい。でないとあなたの踊りがかわいそうです。あなたの踊りが泣いているのが私には見えます。」

当時わかったようでいてどこかぼんやりと受け止めていたように思うが
時が経って
やっとこの言葉の意味が腑に落ちるようになってきた。

上手い・下手の問題はともかく
自分なりに、ぎりぎりまで魂を注ぐようにして向きあえた踊りなら
きっと踊りそのものが踊られたがるはず。
少なくとも「下手くそだけど、まぁ付き合ってやるか」くらいは思ってくれるだろう。
踊られたがっている踊りの心を感じられたなら
舞踊家としてこんなに幸せなことはない。

 

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