高校1年生くらいまでピアノを習っていた。
小学生の頃だったか
バイエルを卒業してソナチネに入り
右手の指を細かく使って弾かなければならない曲のレッスンを始めて
しばらくたったある日
なぜか突然
それまでさんざん苦労していた
その曲の一番難しい箇所を
一度もつまずくことなく完璧に(?)弾けてしまった。
当時のピアノの先生が思わず
《なんだかキツネにつままれたみたいだから、もう一回弾いてみてくれる?》
という
(聞きようによっては若干失礼な)本音をもらしたほどだった。
が、まぐれではなかった証拠に
それ以降は何度やっても気持よく指が動き
その曲は私の得意なもののひとつになった。
もちろんその日のレッスンの前に自分でも練習していたのだが
難関箇所を克服すべく特別やっきになってやった覚えはなかった。
だからその時《なんとなく突然に》できてしまったことには
先生よりむしろ私自身のほうがキョトンとしてしまっていた。
未熟ながらも人様に日本舞踊を教えていて
叫びそうになるくらいうれしい瞬間がある。
お弟子さん達がそれぞれ
ある日突然
昨日までできないでいたことが
まるで何年も前からそうしていたかのように
ごくごく自然にできるようになる
その瞬間の目撃者(?)になれた時だ。
たいていは踊っているお弟子さん本人は気がついてないことが多い。
それくらい自然に
そして確実に身についた美しい動きであり表現なのだろう。
どんな習い事でもそうだと思うが
日本舞踊も
日々の稽古で細かく丁寧に小返ししながら
着実に修得していく技術もあれば
長い時間をかけていろんな曲をたくさん稽古しているうちに
ある日ある時
ふと気がつくと
いつのまにかできるようになっている動きや表現もある。
そんな《ある日ある時》に立ち会えた時
ああ、まがりなりにも先生をやらせていただいててよかったなぁ・・と思うのだ。