2021年 3月 の投稿一覧

今月の銀次くん・2。

いないな、と思ったら、梅酒をしまっている戸棚に入り込んでいました。飲めないはずですが…。

そして

回収される前に自力でちょっとずつ出てきました。

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※アートにエールを!東京プロジェクト(ステージ型)」にて

【翡翠~かわせみ~】配信中!!

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ズラす、ハズす。

某問題についての与野党攻防を国会中継で見た。

議論を聞いていると、決してその方面に明るい方ではない私からしても、ところどころで主張がかみ合っていない、と感じる。

私なりに、こちらの言い分を理解できる・理解できない、とかの問題ではなく

相手から訊かれたことにあえて(?)答えてないような

まどろっこしくて、混乱していて、

主張の是非はともかく

そのかみ合わなさにイラッとしてしまう。

これも論戦における戦略なのだろうか。

 

ところで踊りの間を「あえてズラす」、「あえてハズす」というのは、よくあることで

名人と言われる先人達の舞台を拝見すると

その工夫や見せ方の素晴らしさに、いい意味で心乱される。

全部が全部正しい間にはまっていても当たり前の踊りになってしまうし

だからといって、なんでもかんでも間をハズしすぎても、またハズし方を間違えてもよろしくない。

捨てたり拾ったり

つかんだり離したり

じらしたり仕掛けたり…

演目にもよるが、心を揺さぶられる素敵な工夫が散りばめられた踊りに出会うと

もう最高に幸せな気分になってしまう。

 

国会の論議であえてハズされるのは、たとえ戦略であったとしてもなんだかスッキリしないが

「踊り」という場では

緩急自在で、解き放たれた表現を

あぁいいなぁ…、あんなふうに踊れたらいいなぁ…と思う。

 

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そこ、ここ、に春。

庭のマンサクに花がつき始めた。

春の訪れとともに「まず、咲く」が語源とも言われるマンサク。

春を告げる役目の花、と思うと何だかいじらしい。

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そして、桜の開花宣言と前後するようにして届いた「はるか」というミカン。

爽やかな甘さで美味しい。

目にも鮮やかな黄色で、キッチンに菜の花が咲いたよう。

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さらに…

年がら年中春のようなのんびり銀次くんは、朝の日向ぼっこの場所を物色中。

本日はリビングのカーテンの中に決めたようです。

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家のあちこちに春を感じるこの頃。

 

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桜の中を。

染織家・中路道人氏原画の、今月の飾り扇は桜。

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梅がそろそろ終わり、桜に主役が変わっていく3月。
私の中での「桜」は、イコール「母の亡くなった日」。

もう随分前のある朝、入院先で亡くなった母を病院で引き取り、自宅に連れ帰るために家族と車を走らせていた。
その日は桜が満開で、うまい言葉が見つからないが、あえて言うなら「壮絶なほどに」美しく咲き誇っていた。
田舎のちょっとした山道だったこともあって、その時間人通りもなく、晴天の空の光を遮るほどに密集した白い花の大群が、窓の外に次々と押し寄せては通り過ぎていった。

そしていつの頃からか、この日のことを思い出す時は必ず
桜につつまれるようにして走る白い車を、高い空から俯瞰で見ている鳥の視点のような風景も目の前にひろがるようになった。
桜の間からとぎれとぎれに見える白い車
少しずつズームしていって
車の中にいる家族や私の様子
そして私の目、目の先にある桜…
最初からそうだったのか、だんだんそうなったのか
夢で見たのか、何度も思い返すうちに勝手にそんなイメージを作り出したのか
全く定かではないが
車の中から見る、ただひたすら美しく、迫力のある桜と
天空から見る、白い車を覆い隠し、抱き込むような桜
このふたつの桜の佇まいが、カメラのアングルが切り替わるように、何の違和感もなく交互に現れる。

不思議でもあり、鳥のような視点は、ちょっと愉悦感を覚えるようなものでもある。
そしてそれがそのまま私の中の「桜」のイメージになっている。

今年ももうすぐ、不思議で、ほのかな愉悦感をまとったような桜の季節が来る。

 

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春の暖簾。

テイクアウトのランチを買いに行って
欲張りすぎたせいか(?)荷物で両手がふさがってしまった。
その店には玄関引戸の鴨居から私の腰くらいまでの比較的長い暖簾がかかっていて
荷物を持ったまま腰をかがめて頭から強行突破するしかないかな…と一瞬躊躇していたところ
表からスッと暖簾が開いた。
見ると、20代前半(?)とおぼしき若い女性が店の外から暖簾をを持ち上げて、私が通りやすいように介添えしてくれている。
「ありがとうございます」とお礼を申し上げて通らせていただいた。
私が通り過ぎると、その女性も軽く会釈をして、薄手のコートをひるがえしながら入れ違いに店に入っていった。
 
私のような仕事をしているものには、長い暖簾は当たり前の、なじみのあるものだし
楽屋の出入り等で介添えをしていただいたり、してさしあげたりも日常のことだが
あの若い女性は役者さんとかなのかしら、
それとも日本舞踊や和事のお稽古をしていらっしゃるのかしら、
暖簾を持ち上げた手も美しく、
通り過ぎる側の人の邪魔にならないようにほどよき場所に身を引いて、
ごくごく自然に、かつ、合理的で無駄のない振舞いで入れ替わるように店に入っていったその女性の後ろ姿を
しばらく店の外から追ってしまった。
一瞬のことだったのでお顔までははっきり見ることができなかったが
「きれいな人だな」と思った。
そして美しい立ち居ふるまい、というのはその造形的な美しさもさることながら
そこに込められた人様へのさりげない心遣いも含めて「美しい」と感じるものなんだろうな、と今更ながら改めて思った。
 
春風に揺れる暖簾の向こうに鮮やかに消えていった女性の後ろ姿が
今でも心地よい残像となっている。
 
 

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