43c28cc5.jpg前々回のブログでみかんの話題が出たが
ハチがうちにやってくる何年か前
我が家には《みかん》という名前のハムスターがいた。
さらにみかんちゃんの前には
《まめたろう》というハムスター。
マメ君もみかんちゃんも天寿をまっとうして亡くなったが
どちらも私がそばにいない間に旅立っていった。
ハムスターは犬や猫と違って
人に慣れることはあってもなつくことはない、という。

掌にちょこんと座って
視力が弱くほとんど見えてない、と言われるウルウルクリクリの真っ黒な瞳で
小首をかしげてじっと見つめてくるマメ君、みかんちゃんは
きゅぅぅぅ~っと抱き締めたくなるほど可愛かった(ハチとちがって本当にきゅ~っと抱き締めたらちっちゃすぎて握りつぶしちゃいそうなので程々にしていたが)。
だから
たった2、3年程しか一緒に過ごせなかった二匹だが
亡くなった時には悲しくて寂しくて
しばらく身の置きどころがなかった。

ところで
ハチがこのまま天寿をまっとうするまで元気でいてくれるようなら
だいたい私とは20年程一緒にいることになる。
ペットを飼っている方ならご理解いただけると思うが
そんなハチを見送る日のことを考えると
今からゾッとしてしまう。

ペットを飼った以上
そのペットの最期をきちんとみとってやるのも飼い主の責任だ、というのも
十分わかっている。
いつか必ず来る別れだが
飼い主の勝手な思い込みと自己満足で言わせてもらえるなら
せめてその別れ方を最高のものにしたい、と思う。
ハチが旅立つ最後のその瞬間まで
《愛情過多でうっとーしー飼い主だったけど、俺、そこそこ幸せだったな~》と
のほほんと思えるような一生にしてあげたいし
そうやって逝ってくれるなら
辛い別れも飼い主みょうりにつきる別れになる、と
ただただ
たぶん耐えがたいであろう寂しさや喪失感と折り合いをつけたいがために
勝手に思っている。

ところでマメ君やみかんちゃんはちっちゃすぎて
逆に言えば彼らにとっては守るべき対象物が大きすぎて
あちらに旅立ったのち私の守り神(?)になるのは何かと大変なのではないかと思う。
乙女チックなことを言う年でも柄でもないし
私の考える宗教感とは別個のものとしてあえて言うのだが
そんなちっちゃすぎる二匹だから
守ってくれる程の力はないまでも
ちっちゃな背中にちっちゃな羽根をつけて
(ちっちゃな脳みそだから)《なんかこの人知ってる気がする~》くらいの認識で私をとらえ
ボケボケの私のことを心配そうに見つめながら
肩のあたりをプクプクと飛んでてくれたりすると
うれしいなぁ・・などと思ったりする。