日本舞踊の女の踊りには
ぽっと頬を染めて
《おお、恥ずかしい》と袖で顔を隠す、というような表現がよく出てくる。

弟子達にもよく言わせてもらうし
そして何より私自身にも言えることだが
この《おお、恥ずかしい》という
愛らしくてしなやかで
女の中でももっとも女らしい表現が
なかなか
よくない(←間違った日本語だが、あえて)。
これは技術の問題もさることながら
日頃の《なんでもドーンときなさぁい》的な
女性にあるまじき勢いの逞しい生活態度にその原因があるのでは、と
冗談まじりに稽古場で話している。
好きで好きでたまらない人と目があっただけで
ぽぅっと頬が桜色に染まってしまうような
せつない程に好きなのに
わかってくれないつれない相手にじれて
ついいじのわるいことを口にしてしまった自分を
はしたない、と感じてしまうような
そこはかとない恥じらいの感性。
すっかり忘れてるよなぁ~と反省。

ところでもう何十年も前になるが
小説家の村上龍さんがホストをつとめる《Ryu’s Bar》というトーク番組があった。
ある日坂東玉三郎さんがゲストの回があって
村上さんも玉三郎さんも一流の表現者とあって
対談は芸術論に終始し
とても楽しく美しい雰囲気で番組が進んでいったと記憶している。
にもかかわらず(いや、だからこそ、なのかも)
玉三郎さんが退場したのち
村上さんとアシスタントの女性が
《本日の感想》みたいなものを最後の1分くらいで語り合うコーナーがあるのだが
その途中突然村上さんが
まるでいたずらを見付けられて大目玉をくらった小さな少年のように
がっくりと肩を落として黙りこんでしまった。
アシスタントの女性が《村上さんどうしちゃったんですか?》と問うと
村上さんはそれまでのクラシックな話し方からコロッとフランクな口調になり
つまり全くの本音でお友達に打ち明け話をする感じで
《いや、あのさー、俺実はさー、今日収録前にニンニク食っちゃったんだよー。なんで食っちゃったんだろーなー、って思ってさー》と、ひたすら落ち込み
反省をしはじめたのだ。
これにはアシスタントの女性も驚き
そして思わずクスクス笑いはじめてしまった。
そのまま番組は女性の《また来週》の言葉で終わり
映像には女性の横ですっかり意気消沈したガキ大将のようなたたずまいの村上さんが映し出されていた。
公共の番組的にはいかがなものか、とも言えるかもしれないが
希代の名女形の麗しい存在を前にして
ニンニクなどという無粋な(と村上さん自身が感じた)ものを食べてしまった自分を
恥ずかしい、と感じた。
玉三郎さんがどう感じたか
ニンニクそのものの是非はどうか
などということは問題ではなく
それを玉三郎さんとの対談の前に食べてしまった自分の無粋さに
ひたすら落ち込む村上さんを
当時まだ大人の機微など理解できなかった年齢の私ですら
とても魅力的に感じたことを
今でも鮮明に覚えている。

村上さんの感性も素敵、
相手がなんとなく恥じらってしまうほどの麗しいオーラを放っていたのであろう玉三郎さんも素敵、と
最近ずーずーしくなってきたおばさんとしては思う。