今はすっかり錆び付いてしまってお粗末な限りだが
学生の頃は語学が看板の大学だったこともあって
日常会話程度の英語には困らなかった。
ツールとしての英語もさることながら
私は英語(米語)の音そのものも好きで
横着な性格のわりには耳だけは素直で
発音や抑揚に敏感だったおかげで
回りの帰国子女レベルの友人逹に比べればあきらかに劣っている会話力を
発音の美しさ(?)やネイティブっぽい抑揚でカバーしていたように思う。

そもそも『なんとなく英語が好き』という感覚は子供の頃からあって
アニメなどほとんど見ない私が
【セサミストリート】だけは意味もわからないままに飽きずに見ていた。
そのため当時回りの大人逹に『大きくなったら通訳になるの?』とよく言われていて
おかげで『通訳』という職業は
そのなんたるかもわからないまま
私の心の隅にいつもなんとなく存在するようになった。
が、長じて物心がついた私が思ったのは
『通訳ってHe says、She saysばかりで、I want to sayがないみたいで、つまんないんじゃないかなぁ・・』という
無知ゆえのお恥ずかしいものだった。
その後通訳という仕事の偉大さ、楽しさ、責任の重さ、などを知ることになるのだが
それは置いといて
もっと身近なところでそのすばらしさに唸ってしまうのが
洋画や海外テレビドラマの字幕だ(こちらは通訳ではなく翻訳になるのだろうが)。
海外ものには吹き替えと字幕があるが
私は断然字幕派。
で、その字幕で興味深い訳が出てくると
はたしてオリジナルはなんと言っているのか気になってしまう。
今の私程度では劇場で字幕を見ながら同時にオリジナルもス~っと耳に入ってくる、なんていうのは難易度が高すぎてありえないのだが
DVDならリピートができるし
どうしても聞き取れなければ
字幕を英語にして文字で見ることができる。
『こんにちは、恵比寿さん』、『それは断末魔の声だった』など、これって英語ではなんて言うのかなぁ~と思うと確認せずにはいられない。
韻をふむジョークや気のきいた皮肉などもその類いで
たいてい『なるほどねぇぇぇぇ、すごいなぁぁぁぁ』と感動してしまう。

記憶違いでなければ確か字幕は1分間に入れられる単語の数が決まっているという。
限られた条件の中で
より的確に
より美しく
よりセンスよく
しかもその人ならではのオリジナリティーをもって
より説得力のある表現に仕上げていく。
なんてカッコイイんだろう!と思ったところでハタと気がつく。
この在り方って踊りもまったく同じなのでは?

あぁやっぱり『カッコイイ』と思ってもらえるものって
私のような凡人には遠い道のりなんだなぁ、としみじみ思う。