2007年 7月 の投稿一覧

手をつないで。

私は小学校入学の際
母の意向で
学区で定められた小学校ではなく
いわゆる越境入学で、子供の足にはかなり遠いと感じる小学校へ通うことになった。
が、入学の条件として
毎朝その遠い小学校の学区内にある私の祖母の家にいったん寄って
そこから通っている、という形をとること、というのかあった(らしい)。
さて通学初日の朝
入学条件を守るべく
私は母に手を引かれ祖母の家までの道を歩いていた。
祖母の家は川沿いの土手の上を行くと近道で
まだあまり人通りのないその土手を
眼下に見える川の流れや春の草花を見ながら行くのは
まるで散歩のようでもあった。
が、突然
なんの前触れもなくなぜか突然
私はたまらなく申し訳ないような思いにとらわれて
つながれた母の手を見、
その上にある母の顎を見上げた。
今母はイライラしはじめている。
これから毎朝私を祖母の家まで送り届けなければならない、
それは母にとってとても面倒なことで、
そのことが母をイラつかせている・・。
母の手を見つめながら
私はそう確信した。
そして後日
その確信はまちがっていなかったとわ
かった。
あの朝土手を歩きながら
母が何かそれらしい言葉や行動を言ったりしたりしたわけではない。
ただ母から発せられる何らかの負のオーラ(みたいなもの)を
私がキャッチしてしまったのだろう。
それを小さかった私は
その時つながっていた手を伝わって
まるで電流のように
母の心の内が私に流れ込んできたように感じたのだと思う。

私は大好きな人や
愛しいと思う子供や動物と
手をつなぐのが好きだ(幼稚園から大学まで共学で女子校経験がないせいか、さすがに同性のお友達とは照れてしまって無理だが)。
腕を組む、のでも肩を組む、のでもなく
手をつなぐ。
つながれた手を通って
あたたかくてやさしいものの行き来が
自由になる。

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葛西臨海水族館。

1e05b301.jpg久々のお休み。
葛西臨海水族館に行ってきました。 
入り口のまぐろ君と握手
隣接する公園から東京湾(?)の水平線が見えます
海風も気持ち良くてしばしフリーズ

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合格!!

本日お弟子さんのNさんが
普通部名取試験に無事合格し
四代目家元先生より
花柳翠媛乃の芸名をお許しいただきました。
一生懸命努力してきたことが実を結んで本当に本当によかったね!!
今日が花柳流のピッカピカの一年生になった日。
この日のことを忘れずに
これからも楽しく元気にお稽古にはげんでいってください。
翠媛乃さんにとっては大師匠にあたる花柳錦吾先生にも
言い尽くせないくらいにお世話になりました。
感謝してもしきれない気持ちは
少しでもいい踊りが踊れるようになることでお返ししていきましょう。
今日は本当におめでとうございました。

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〈さくらん〉DVD 。

f4089290.jpg映画〈さくらん〉DVDリリースに先駆けて
今日私の元にも
本編の他メイキングやベルリン映画祭の模様が収録された2枚組のDVDが届きました。
公開は今年の2月でしたが
撮っていたのは昨年の春。
メイキングを観ながらなつかしく思い出しました。
8月3日DVDリリース。
映画館で見逃した方はぜひ。

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ラスト・シーン。

私は映画が好きで
最近は少し控えめになったが
以前はとりつかれたように観まくっていた。
そんな中
全くと言っていいほどショクシの動かないのがアクションもので
その手のものはほとんど観なかったし、今でもそれは変わらない。
が、自分の好きな俳優が出ている時は別で
〈ザ・ロック〉も出演陣にひかれて観た数少ないアクションもの(?)だった。

そのラスト・シーンが大・大好きになった。
バックに流れる音楽にも一目惚れ(一聞き惚れ?)で
即サントラ盤を買いに行ったほどだ。
先日久々に〈ザ・ロック〉を観た。
やっぱりいいなぁ・・と改めて思った。
何度も何度も繰り返しラスト・シーンを観てしまった。

舞台も映画も総合芸術の代名詞みたいなものだが
そのシーンを創りあげるあらゆるものの呼吸がひとつになった時
そこから生まれるパワーは計り知れない「何か」になる。
こうだ、ああだ、の理屈をぶっちぎりで突き放して
〈いいなぁ・・〉という感覚だけが体に染み入ってくる。

さて現実に戻り
ハタと自らをかえりみれば
そんな舞台、いつ創れるのやら・・といったところだが
ま、とりあえず〈ザ・ロック〉
チャンスがあったら観てみてください。
涙・涙の大感動・・・、っていうんじゃないけれど
ラスト・シーン(に限らず)、いいっすよ

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ルンルン~(古すぎか・・)。

いい踊りを拝見してきた。
なんだかうれしくなってしまう。
いい踊りの時は
地方の唄や語りと立ち方の踊りがピタリと寄り添い
お互いがお互いをジャマすることなく
且つ生き生きとお互いの存在感を誇らしげに主張している。
踊りとは別の次元で地方の音が耳に入ってくる時
たいていは何かが腑に落ちない、と感じている。
地方のための立ち方でもなく
立ち方のための地方でもなく
お互いがごく自然に
そして心地よさそうにそこにいられる
そんな舞台に巡り合うことの幸せ。

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カンパのような。

カンパのような愛情。
隣近所から少しずつお惣菜をおすそわけしてもらって
テーブルの上をいっぱいにしているような
1足す1は2、だから
だからとりあえずいいよね、とでもいうような
そんな愛情。
生きるために必要最低限の愛情の規定量というのがあって
その規定量を
メジャーカップで計りながら埋めて安心しているような
そんな貧しくてバカバカしい愛情。

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求む!晴れ女、晴れ男!!

以前も書いたのだが
私は傘嫌いの雨女
そしてお弟子さんのNさんも
強力な雨女
したがって二人で行動する時は
たいてい雨に見舞われる。
しかもちょっとやそっとの雨じゃなく
どしゃぶりってやつだ。
今日もNさんと一緒に出かける用があり
またまた降られるんじゃないか・・と危惧していたところ
降られる、どころのさわぎじゃなく
台風に来られてしまった・・。
着物、びしょびしょになっちゃったよー

どなたか二人の外出にお付き合いいただける
これでもかこれでもかってくらいの
年季の入った晴れ女、晴れ男の方
いらっしゃいませんかー!?

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長生き。

08c29a26.jpg伯母から譲り受けた着物を仕立て直して着ている。
着物は寿命が長い。
何度でも生まれ変わり
過去の主の思い出とともに
新しい主人の体をやさしく包んでくれる。

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ハチとハンカチ。

cc763bc2.jpg若柳公子さんに
ハチ似の猫の絵が描かれたハンカチをいただいたのですが
絵のポーズとそっくりのハチの写真があったことを思い出し
くらべてみました。

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グッドタイミング。

043297fd.jpg怒り、哀しみ、不安、不満、妬み、嫌悪、などなど
負の感情をちょっとでも心の内に抱えながら家の中をウロウロしていると
まことにいいタイミングで
ハチにうしろから〈ニャア〉と声をかけられることがある。
ハッと我にかえって振り返ると
そういう時のハチは決まって不思議そうな顔をしている(ように見える)。
猫飼いの方ならご理解いただけると思うのだが
飼い主は自分の飼い猫が何を言わんとしているのか
その鳴き方でだいたいはキャッチできる(と思っている)。
ハチのその不思議そうな鳴き声を翻訳するとしたら
〈なんか変なものが君のまわりに見えるよー〉ではないか、と思う。
負のオーラを撒き散らしながら
その自らのオーラで窒息しそうになっている私の姿は
ヤツにはさぞ不気味なものに見えるのではあるまいか。
飼い主の大いなる勘違いと思い込みで
もしかしたらただ単に
〈おなかすいたー〉とか
〈あそぼー〉とか
その程度のことを言っているのかもしれないが
鳴き声のあまりに絶妙なタイミングに
そんなことを考えたりする。

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今週の猫川柳。

67f1b5d2.jpg今週の猫川柳は
猫のもっとも猫らしい可愛さがバッチリ伝わってきて楽しい
モデルの猫がハチ似ということもあって見るたび思わずフフッ笑ってしまう

パパが呼ぶ

ますます行って

やるものか

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ポスターと着物。

422e030f.jpg湘南新宿ラインに乗っていたら
隣を走る山手線の車体全面に
先日公開された映画〈シュレック〉のキャラクター達が描かれていた。
宣伝のための〈シュレック〉の山手線ジャックなのだろう。
そういえは随分前に
GAPにジャックされた山手線に乗り合わせたことがある。
私はゲイリー・シニーズという俳優のファンなのだが
その年彼はGAPのイメージキャラクターになっていて
山手線の中は隅から隅までゲイリーのポスターだらけだった。
乗り込んだ瞬間私は歓喜のあまり叫びそうになったのだが
そこはグッと我慢しおとなしく着席した。
が、しだいに自分の降車駅が迫ってくると
今度はどうしてもそのポスターが欲しくなり
降りる瞬間に一枚ひっぱがして(失礼!)逃げようかと
かなり真剣に悩んだ。
結局かろうじてその行為を踏みとどまらせたものは
自分は今着物を着ていて
まがりなりにも楚々と(かどうかはかなり怪しいが)ふるまっているのだから、という思いだった。
やはり着物は
女性がよりたおやかであろうとする自らの思いを触発するもの
〈かん
けーねーよ(関係ないよ)〉のノリを抑止するもの
つまり〈恥じらい〉を思い出させてくれるものになりえることがあるのかもしれない。
ところで
ではジーパンTシャツだったらやったのか、と言われると答えづらい。
やっぱ犯罪なんですよね、ポスター持ってっちゃうっていうのは・・きっと。

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存在の行方。

亡くなってしまった誰かのことを思う。
たとえば理解しあえないまま永遠の別れをすることになってしまった母のこと。
たとえば可愛くてしょうがなかったペットのこと。
その命が確かにここに存在していたことを忘れずにいる。
誰かが誰かのことを思うたび
胸のうちでいとおしむたび
その命の温度が上がるような気がする。
長い長い時が流れて
そこに存在したはずの命を誰も思い出さない日が来たとき
その命はどこにいくのだろう?
・・・などという思いは今生きているものの奢りだろうか。

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