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渋谷の樹。

41c5ff4d.jpg浴衣会、と言うには少し気が早いのですが

5月10日に《翠の会・おさらい会》を催すことになりました。
小さな会ですが
皆々10日の本番めざして一生懸命お稽古にはげんでいます。
今日は本番終了後の会食でお世話になる和食屋さん・【渋谷の樹】に
当日の予約がてら行ってきました。
自家製の胡麻豆腐や
イチボという和牛(のどこかの部位)の塩焼きがおいしい

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うさぎとかめ。

世界フィギュア女子の中継を見た。
最終滑走は中野友加里選手で
浅田真央選手の演技の興奮覚めやらぬ中
二重三重のプレッシャーをはねかえして
パーフェクトの演技をやってのけ
会場をさらなる興奮へと導いた。
その時荒川静香さんが
《誰かに勝つとか負けるとかではなく、ただひたすら自分の演技に集中したことで得た結果だ》と言う意味の解説をしていた。
それを聞きながら
ふと
最近イソップ物語の研究にはまっている、という知人の話を思い出した。
日本でもおなじみの《うさぎとかめ》で
うさぎがかめに負けた理由は
うさぎがかめのことを侮り油断したから、となっているが
よく研究してみると
本当はこの話の主題は別のところにあったらしい、と知人は言う。
うさぎは自分の目標をかめとの競争に置き
かめは自分の目標を山を登りつめることに置いた。
うさぎが負けた理由はそこにこそあり
油断してしまった、というのはその結果生じた事柄にすぎない、と知人は言う。
荒川さんの解説に通じてはいないか。
何かを極めたいと思う人間にとって
やはり最後に行き着く場所は
自分自身でしかない、ということなのだろう。
そのような舞踊家でありたい、と
まだまだ煩悩だらけの舞踊家としてはいつも思う。

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今日の稽古場から。

38ab06a7.jpgいつのまにか腰までのロングヘアになっていたお弟子さんのAさん。
私よりも長いかな?
Aさんは今普通部名取免許取得をめざして猛勉強中。
スクスクという音が聞こえそうなくらい日に日に上達しています。

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沈丁花。

09a42f54.jpgうちのマンションの玄関前に沈丁花の植え込みがあって
いい香りを放っている。
疲れて帰宅した深夜
何よりも先に
沈丁花の甘い匂いがお出迎えをしてくれて
ふっと肩の力が抜けた瞬間
アロマテラピーがはやる理由がわかるような気がするなぁ・・などと思う。
ところで
5年ほど前までは
我が家にもたくさんのポプリがあって
沈丁花にも負けないほどのいい香りが家中に満ちていた。
フレグランスオイルも各種取り揃え
ポプリを入れる器にもこだわって
広くもない家のあちこちに置いてあった。

5年前の秋に
ちっちゃな破壊王、ハチがやってきてからは
ポプリの器という器は
全て割られてしまった(ちなみにハチが破壊したヤツにとっての戦利品の中で、ポプリの器はもっとも可愛らしいものの部類に入る。最大のものと言えば、やはり私の背丈ほどもある超重い姿見だろうか。ヤツはこの鏡を押し倒し、文字通り粉ごなしてくれた・・)。
以来
ハチに怪我をさせないためにも
我が家からコジャレタ置物(特に割れ物系)は姿を消し
なんともシンプルな部屋作りをせざるをえなくなってしまった。
もっとも
どんな芳しい香りもかなわないほどの癒しをくれているのが
他ならぬそのチビ破壊王なのだから
文句は言えないのだが。

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小岩井農場。

029f76cb.jpg小岩井農場を訪れていたという知人から
《小岩井農場セット》とも言うべき
農場の名産品の詰め合わせが届きました。
クッキーからカレーまで
箱の底にいくにしたがっていろんなものが出てくる
楽しい小包でした

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往生際。

今年もまた花粉の季節がやってきた。
年齢と花粉症歴がほぼ同じらしいお弟子さんのSさんが
大きなマスクをしてお稽古場に現れる。
この季節のSさんの定番だ。

ところで
今年になって
ある日突然
鼻水は出るわ
目は痒いわ
くしゃみは出るわの三重苦に見舞われ
どう見ても花粉症でしかありえない症状で
Sさんに負けず劣らずレベルの大きなマスクでお稽古場に通ってきているにもかかわらず
《私は決して花粉症ではありません!このマスクはあくまで予防のためのものです!》と言い張っているのがKさんだ。
まったく往生際が悪い。
などと言っている私も
《私は花粉症です》とは言えず
《私は【どうやら】【プチ】花粉症【かもしれません】》という言い方にこだわっている・・。
認めたからって殺されるわけでもないのに
今や
私やKさんにとって花粉症は
隠れキリシタンにとっての踏み絵のようになりつつある・・。

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着地点。

自分の着地点はどこなのだろう、と思う。

気のおけない愉快な見張り番達が
うっかり居眠りしている隙に

こっそりと

秘めやかに

着地していたい、と思ったりする。

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Iさんと久々の再会!!

d96a57ae.jpg現在熊本在住の
大学時代の同級生、Iさんと久々の再会。

IさんはTV局のアナウンサーとして華々しい活躍を遂げたのち結婚し
今はキャリア・コンサルタント、またビジネスマナーや美しい話し方の講師として
アナウンサー時代の経験も生かした、より幅の広い活動で
日々を忙しく
そして楽しみながら過ごしている素敵な女性です。
学生の頃から才色兼備の代名詞のような存在のIさんでしたが
久しぶりに会ったIさんは
才も色も健在などころか
その二つともにより研きがかかり
人生の充実ぶりがうかがえました。
学生の頃の話のみならず
お互いのその後のこと
今現在のこと
これからのこと
話はつきず
あっという間に時間が過ぎて
本当に楽しい夜でした

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葛の葉。

歌舞伎の《葛の葉》を観てきた。
私はこの演目に弱い。
狐・葛の葉の子別れのシーンは何度観てもうるうるしてしまう。
人間よりも深い愛情で心がはりさけそうになりながら
最愛の我が子を胸に抱き
人間らしくあろうとすればするほど
声に、筆に、畜生の片鱗が見えてしまう。
本来はすぐれた能力であるはずの霊力にさえ
究極の切なさがにじんでいるように私には見える。

恋しくば
たずね来てみよ
和泉なる
信田の森の
うらみ葛の葉

芝雀さんの葛の葉、やっぱりうるうるになっちゃいました。

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記念日。

一日過ぎてしまったが
昨日はお雛様。
女の子の健やかな成長を願う女の子のための日だ。
ところで
年をとるにつれて感じるようになったのだが
何かの記念日というのは
お祝いをしてもらう人の日、であるとともに
お祝いをさせてもらう人のための日、という気がする。
自分にとって大切な人の大切な日を
一緒にお祝いできることの幸せ。
お祝いしてもらうことの晴れがましさに
嬉しそうにほころんでいる大切な人の顔を見ることのできる幸せ。
そんな幸せはなにものにも変えがたい。
以前も書いたが
私は比較的早い時期に母を亡くした。
お互いを理解しあえないまま
永遠の別れをすることになってしまった母だったが
そんな母でも(いやそんな母だからこそ?)
彼女にまつわる何かの記念日に
一緒にお祝いできないまでも
小さなプレゼントを送った時などに
ちょっと照れたような声でお礼の電話がかかってきて
受話器の向こうの母のはずんだ声を聞くのは
母との距離が縮まるようでもあり
また母にとっての自分という存在が生き返るようでもあり
やはり嬉しかった。
《母の日》が《自分に関係ない日》になってからずいぶん経つ。
大切な人の節目節目に
《お祝いしてあげたい》
またはもっと消極的に
《お祝いしてあげなきゃうるさいからな~》でもいいのだが
そのように思える存在が多ければ多いほど
幸せだと思う。

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カンナの会。

062b82d5.jpg昨年の浴衣会の折りに
《翠の会浴衣会》の字を書いていただいた
書道家の平山寛川先生の書作展に行ってきました。
先生の書は
美しい絵画のようであり
また
生き生きとしたリズムが伝わってくる音楽のようでもあり
字がこれ程饒舌で
表情豊かなものとは知りませんでした(お恥ずかしい)。

先生の選ばれた詩の数々もとても素敵なもので
今の私の心の内にあまりにピッタリだったこともあって
本当に感動してしまいました!!
今回は《漢字とかなをおりまぜた、わかりやすく読みやすい書》ということで
芸術的でありながらも
親しみやすい作品が並んでいました。
《カンナ(漢な)の会》は銀座幸伸ギャラリーで3月4日まで。

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はまってます。

5a5a0a52.jpg以前創作の稽古の帰り道
若柳公子さんに連れてきていただいた
ハワイ生まれのハンバーガー屋さん、《クア・アイナ》。
最近やたらはまってます。
私にはちょっと量が多いので
うんとお腹がすいている時じゃないと来られませんが。
量、と言えば
昨日お豆腐料理を食べに行ったのですが
かなりボリュームのあるコースを食べても胃がもたれないのは
やっぱり素材がやさしいから、かしら??
ところでそのお豆腐料理屋さんで
《ものごとを習得する時は楽しみながら、が一番望ましい》
という話になりました。
《その意味で、学校の授業における音楽を、音を学ぶ、の音学ではなく、音を楽しむ、の音楽の字を充てたことは非常に正しい》
とは友人の言葉。
なるほどね。

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エンドレス・大好き。

瞳をのぞきこんで
大好きだよ

言うと

ふぅ~ん
とでもいうような
わかってるよ、そんなこと
とでもいうような

ちょっと困ったような

ちょっとすねたような

心のありったけを詰め込んだ
おしゃべりな瞳が
見つめかえしてくる。

その瞳がよけいに可愛くて

また
大好きだよ

言ってしまう。

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混んでます~。

お稽古の帰り道。
夜の11時だというのに明治通りは混んでます
牛歩のようなノロノロ運転が30分以上も続いています・・。

春の夜に
牛に揺られる
帰り道

我ながらあきれる程の駄句(句か)をひねりたくなるくらい
退屈している車中・・

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協会公演。

金曜日から開催されていた舞踊協会公演も今日で最終日。
どれも見ごたえのある演目ばかりで
毎日が勉強でした!

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犬と猫・写真展。

9c3487c6.jpg丸ビルで開催されている新美敬子さんの写真展
《世界の犬と猫・愛(LOVE)ストーリー》に行ってきました。

仲むつまじい犬と猫の写真がいっぱい

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それでも。

それでも

それでも

自分を信じるって
難しいなぁ。

自分の踊りを信じることと
自分の踊りを見失うことと
境界線を引くのも
境界線を引けるのも
自分しかないから

やっぱり
未熟者には
難しいなぁ・・。

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テレビ。

63753151.jpgはずかしながら
我が家のテレビはいまだにブラウン管を使用した奥行きの深いタイプだ。
この2、3ヶ月
そのテレビのご機嫌が極めて悪く
これを機に液晶に、とも考えたが
まだ買ってから3年ほどしかたってないことと
(我が家のつましい台所事情もあって?)保証期間内ではないにせよ使用年月が短いことを考慮して
文字通りリーズナブルプライスで修理してくれる、ということなので
お願いすることにした。

はじめて見た!テレビのお腹の中。
ナントカっていう部品を手際よく取り替えて
30分程で修理終了。
見事鮮やかな画面が復活した。
私は《かたづけ魔》が高じて《捨て魔》の異名を持つ程(?)
バッサバッサと男らしい(?)整理の仕方をするタイプなのだが
調子の悪かったテレビが快調に映り出すと
物だって
病が癒えて元気になる姿はいいものなんだな~と
少し見切り発車気味におかたづけをしてきたことを反省。
テレビは普通に見る以外に
大好きな映画やドラマのDVD鑑賞でもお世話になってるし
何より仕事関係のビデオやDVDを見るのに酷使している。
ねぎらってやってやらねばね

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そんな手段しか。

自分の思いどおりにならない不満や閉塞感を
やみくもに相手にぶつけ
相手が自分以上に不愉快になるまで
ひとりよがりの毒を吐きちらす
そうすることでしか
自分の心の平穏を保てない人種というのは

哀れだ。

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そばとワッフル。

お稽古の合間
お弟子さん達と《一人〇〇》はどこまで行けるか、という話で盛り上がった。
するとAさんやSさんは
その可愛い風貌からはおよそ想像できないのだが
《一人立ち食いそば屋》《一人牛丼屋》はもとより、《一人焼き肉屋》
さらにAさんに至っては
《一人カラオケ》まで経験済み、ということだった。
もちろん彼女達は友達もいない偏屈な人、というわけでは決してなく
むしろその逆で
美しくて聡明なうえに
十分な社交性も持ち合わせているとても魅力的なタイプだ。
ただ行きたい、と思ったら即行く、という主義なようで
かく言う私も
どちらかといえば群れて行動するのが好きなタイプではなく
映画やコンサートなども
ものによってはあえて一人で行くことにこだわることがあるくらいなので
よく理解はできるのだが
さすがに《一人焼き肉屋》《一人カラオケ》はやったことがなく
最近の若い女性ってすごいなぁ・・と妙に感心してしまった。

ところで今日は朝からバタバタで
昼食をとりそびれてしまった。
夕方のラッシュアワーで混み始めた渋谷駅で
私鉄に乗り換えるまで15分程あったので
目の前にあった駅構内の立ち食いそば屋と普通のおそば屋さんが合体したような店に入ってみた。
テーブル席のほうに女性客が多いこともあってあまり抵抗もなく
なにより空腹で
待たずに食べられる、というのがありがたかった。
さて肝心のそばの味だが
半分立ち食いのわりには(?)まずくはなかったように思う・・。
なぜこんな曖昧な言い方になるかというと
そのおそば屋さんの向かいがベルギーワッフル屋さんで
ワッフルの焼ける甘い匂いがおそば屋さんの中にも立ち込めていたからだ。
ワッフルの匂いにつつまれながら日本そばを食べる、というのは何かフニオチナイ感覚で
おそばの匂いもワッフルの匂いもどちらも大好きではあるが
なんだか何を食べたのかわからないまま店を出てきてしまった。
当たり前のことではあるが
おいしい、またはまずい、という感覚は
味覚のみならず
視覚や嗅覚が備わって初めてクリアになるものだな、と改めて思った。
私鉄に乗り込む頃
なぜかちょっとだけ損をしたような気分になった。

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大雪。

東京にはめずらしい大雪。
私もめずらしく一日ばっちりお休みで
ふと
子供の頃の台風の日を思い出した。
私がまだ小学生くらいの頃は
大型の台風が来ると雨戸を閉め
食糧を買い込んで
停電になるとロウソクで灯りをとったりして
家にこもることがあった。
不謹慎かもしれないが
子供にとってはそれがまるでキャンプのようで楽しくて
また台風来ないかな~などと願ったものだった。

ところで我が家のリビングは床暖房で
ハチはネコには定番のコタツなるものにお目にかかったことがなく
ネコはコタツで丸くなる~というのは
我が家では見られない光景だ。
ポカポかの床暖で丸くなって爆睡している《家庭内ストーカー》ハチは
私がリビングを出て家の中をあちこち移動するたびに
ムクッと飛び起きて追い掛けてきては
そこでまた同じような姿勢で寝直す。
どうせ寝るのだから
特に今日みたいに寒い日は
あったかいリビングで寝続けていればいいのに、と思うのだが
ハチにとってのコタツは
私なのかな~、などと
ちょっと自惚れてほのぼのしている雪の休日。

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リューバ展。

f9a2b4d4.jpg日本舞踊協会東京支部機関誌《大江戸かわら版》の
城南ブロックの編集委員をさせていただいているのですが
今年は『地球温暖化と日本舞踊』というテーマで記事を書かせていただきました。
それで、というわけでもないのですが
丸ビルで開催されている《リューバ展》に興味をそそられ行ってきました。
リューバというのは
温暖化の影響で溶けだした北極圏の永久凍土から発見されたベビーマンモスの名前。
ロシア語で愛、とか恋、の意味だそうで
つまり日本語で言えば《愛ちゃん》になるとのこと。。

3万7千年前のマンモスの赤ちゃんが
ほとんど無傷のまま発見された、というのは奇跡としかいいようがありませんが(実際間近で見ても、まるで昨日まで生存していた赤ちゃん象の亡骸のようでした)
3万7千年もの間沈黙を守っていた永久凍土が悲鳴をあげて崩れ始めている現実は
単純に奇跡として喜んでばかりもいられないのかもしれません。
リューバというのはベビーマンモスの名前、というだけでなく
満身創痍の地球からのメッセージが込められた言葉のような気がしました・・なんて
これじゃまるで優等生気取りの小学生の作文みたいですが

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新春舞踊大会。

0ade0e87.jpg1月9日の新春舞踊大会で踊らせていただいた《北州》で
大会賞、並びに日本芸能実演家団体協議会奨励賞をいただきました。

たくさんの方達に支えられて受賞することができた大会賞です。
感謝の気持ちでいっぱいです。

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マメ君とみかんちゃん。

43c28cc5.jpg前々回のブログでみかんの話題が出たが
ハチがうちにやってくる何年か前
我が家には《みかん》という名前のハムスターがいた。
さらにみかんちゃんの前には
《まめたろう》というハムスター。
マメ君もみかんちゃんも天寿をまっとうして亡くなったが
どちらも私がそばにいない間に旅立っていった。
ハムスターは犬や猫と違って
人に慣れることはあってもなつくことはない、という。

掌にちょこんと座って
視力が弱くほとんど見えてない、と言われるウルウルクリクリの真っ黒な瞳で
小首をかしげてじっと見つめてくるマメ君、みかんちゃんは
きゅぅぅぅ~っと抱き締めたくなるほど可愛かった(ハチとちがって本当にきゅ~っと抱き締めたらちっちゃすぎて握りつぶしちゃいそうなので程々にしていたが)。
だから
たった2、3年程しか一緒に過ごせなかった二匹だが
亡くなった時には悲しくて寂しくて
しばらく身の置きどころがなかった。

ところで
ハチがこのまま天寿をまっとうするまで元気でいてくれるようなら
だいたい私とは20年程一緒にいることになる。
ペットを飼っている方ならご理解いただけると思うが
そんなハチを見送る日のことを考えると
今からゾッとしてしまう。

ペットを飼った以上
そのペットの最期をきちんとみとってやるのも飼い主の責任だ、というのも
十分わかっている。
いつか必ず来る別れだが
飼い主の勝手な思い込みと自己満足で言わせてもらえるなら
せめてその別れ方を最高のものにしたい、と思う。
ハチが旅立つ最後のその瞬間まで
《愛情過多でうっとーしー飼い主だったけど、俺、そこそこ幸せだったな~》と
のほほんと思えるような一生にしてあげたいし
そうやって逝ってくれるなら
辛い別れも飼い主みょうりにつきる別れになる、と
ただただ
たぶん耐えがたいであろう寂しさや喪失感と折り合いをつけたいがために
勝手に思っている。

ところでマメ君やみかんちゃんはちっちゃすぎて
逆に言えば彼らにとっては守るべき対象物が大きすぎて
あちらに旅立ったのち私の守り神(?)になるのは何かと大変なのではないかと思う。
乙女チックなことを言う年でも柄でもないし
私の考える宗教感とは別個のものとしてあえて言うのだが
そんなちっちゃすぎる二匹だから
守ってくれる程の力はないまでも
ちっちゃな背中にちっちゃな羽根をつけて
(ちっちゃな脳みそだから)《なんかこの人知ってる気がする~》くらいの認識で私をとらえ
ボケボケの私のことを心配そうに見つめながら
肩のあたりをプクプクと飛んでてくれたりすると
うれしいなぁ・・などと思ったりする。

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これは何でしょう?

8405de2f.jpg答え・・和菓子にも見えますが、実はみかんです。
お弟子さんのKさんがお稽古場に持ってきてくれました。
《ひなの里》と書かれた袋に一つ一つ丁寧に包まれたみかんは
まるで過保護なくらい可愛がられて育った深窓の令嬢のよう。
皮をむいてる最中から絶対に甘くておいしい、というのが容易に想像できました。
そして実際に食べてみると
そんな想像を裏切らないどころか
ぶっちぎりでしのぐくらいおいしかったです~。
ごちそうさまでした!!

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