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元気印のハチへ。
今年は私にとっては風邪の当たり年(?)なのか
またもや風邪っぴきだ。
救急車さわぎになるほどの高熱との長期戦だけは避けたいと思っているのだが・・。
とにかく人様にうつす前になおさなきゃー。
ところでハチは今まで病気らしい病気をしたことがない、まことに飼い主孝行なネコだ。
人間大好きで誰に対しても興味津々で
甘えたい相手にまっすぐに甘える健全な精神も持ち合わせている。
年に一回の健康診断でも
獣医の先生に太鼓判をいただいている心身ともに健康そのものの元気印だが
そんなハチにも実はたったひとつだけ
一晩でも私が家にいないとガッツリストレスをためこんでしまう、という弱味がある。
私はたまに出先で何かを思い付いた時
それをその場で家の留守電に録音しておくことがあるのだが(帰りつくまでに失念した時のためだ)
家にいないはずの私の声が電話から聞こえてくる、というのは
ハチにとっては不思議なことのようで
微妙に反応するらしい。
おりこうでおりこうでおりこうなハチはそれを覚えているのか
私が一晩家をあけて帰ってきた日は
必ずと言っていいほど電話線を食いちぎっている。
実家にちょこちょこ帰らなければならなかったある時期など
そのたびに電気屋さんにケーブルを買いに走った。
(ハチにとっては)長い時間ほおっておかれたことに対する抗議のつもりなのか
それともよほど寂しかったのか
いずれにしても申し訳ないやらいじらしいやら。
縁あって我が家に来ることになったのだから
ハチのことはこれでもかこれでもかというくらい幸せにしてあげたいと思っているが
そんなご立派なココロザシの割には
人間の勝手な都合でハチに我慢をさせている時があるように思う。
電話線の破損部分が
そのままハチの心の傷み具合のように思えてたまらなくなる。
ハチー、風邪っぴきの私が言うのもなんですが
ハチの心が
いつもいつも
まあるくてふくふくのままでいられるようにがんばりますので
どうぞいつまでも元気でいてくださいねー。
栗きんとん。
中津川在住のWさんから
《すや》の栗きんとんが届きました。
中津川は栗きんとん発祥の地だとか。
やっばり
う・う・うまいぃぃぃぃぃぃ!!!
《ごめんなさい》
ごめんなさいで済めば警察はいらない、というが
日常のサマツなことのほとんどは
誠意のあるごめんなさい、で済むと私は思っている。
よほど致命的なダメージでないかぎり
不愉快な思いをしたり迷惑をかけられたりした時の怒りは
その事柄そのものに対してより
その後の相手の在りように対して感じていることが多いからだ。
《ごめんなさい、とありがとう、がちゃんと言えない人間はダメ》というのは
年をとればとるほどまったくそのとおりだな、と思う。
(自分が悪いと思っているのに)誠意あるごめんなさい、が言えないのはなぜか
自分の非を認めるのがイヤ
人に頭を下げるのが耐えがたい
という傲慢な理由は論外だが
よく聞くのが
《十分申し訳ないと思っているのだけど照れくさかったり不器用だったりでうまくごめんなさいが言えない》というもの。
ちょっと聞くと前述の傲慢さゆえ、とは違う気がするが
私はどれも似たようなものだ、と思う。
この《悪いと思っているけど照れくさい、不器用だからうまく言えない》に続く言葉は
たいてい《だからあなたのほうがわかってよ、悪いと思っている私の気持ちを察してよ》のような気がする。
迷惑をかけた相手の気持ちより
ごめんなさい、を口にする照れくささが先で
そんな自分の気持ちをさりげなく理解してくれることを
どこかで期待し求めている
照れくささや不器用さと
どうにか折り合いをつけてでも
相手に気持ちを伝えようとする自らの努力より
相手への要求のほうが勝ってしまう、という在り方が
シンブルでわかりやすい傲慢さとどれほどの違いがあるのだろう、と思うのだ。
コミュニケイションは感じるもので
強いられるものではないと思う。
不愉快な思いをさせて申し訳ない、と思っていて
ごめんなさい、の言葉はないまでも
その気持ちを不器用ながらもなんとか伝えようとしてくれている相手の誠意を【感じる】からこそ
《もうわかってますからどうぞ気にしないで下さい》という気持ちになるのであって
そのプロセスを全部省略した上で
はじめから《悪いとは思っているけど私はこういうタイプなんだからあやまらなくてもそれくらいわかってよ》と
当たり前のように【求めてくる】こととは
結果においては同じでも
意味がちがうと私は思う。
《あやまりたい》と思ってくれているであろう相手の心の内を慮る受け手の感情は
受け手に強いるものではなく
まかせるものではないか。
何か事が起こった時
その相手がまったくの他人なら別だが
多少なりとも付き合いのある人間なら
迷惑をかけられた自分の怒りはともかく
迷惑をかけた相手のほうがそのことを気にしているのではないか、と心配になる。
口にだしてあやまってもらわなくてもわかっているから大丈夫、と思いたくなるのは自然な感情の流れだが
それはこちらの問題であり
相手から求められるものではない。
照れ屋だけど、不器用だけど
でも一言詫びたいと思っている
その気持ちをなんとか伝えようとしてくれる(結果うまくいってもいかなくても)、というその誠意に心打たれるのであって
照れ屋だから、不器用だから
だからだから私がいちいちあやまらなくても
あなたのほうがなんとか理解するように努力してよ、というスタンスに
あまり誠意は感じられない。
人と人との関わり合いの中では
わざわざ言葉にしなくても
お互いがともに歩みより
説明抜きのあ・うんの呼吸のような触れ合いができた瞬間のほうが
理屈で解り合うより何倍もうれしかったりする。
が
少なくとも相手に詫びなければならない、と思うような事態に直面した時
その気持ちを相手に伝えようとする努力をおしまない人間でいたいと思う。
自分の申し訳ない、という気持ちを
相手に察してもらうのを求める
照れ屋だから、不器用だから、というエクスキューズを
水戸黄門のインロウのように振り回し
相手が察してくれることの楽チンさにあぐらをかくような傲慢さだけは
もちたくないと思っている。
自戒をこめて。
馬に会ってきた!!
サラブレットの馬やポニー達と遊ばせてもらいました。
あまりの可愛さに気絶しそうでした・・。
写真ではわからないと思いますが
はじめて触れた馬達の美しさと可愛さにすっかり魅せられてしまい
目がウルウルの状態です。
馬に会ってきた!!・2。
創作自由市場終了。
学祭。
縁あって
国立音大の学祭で
お三味線の演奏会をする学生さん達の
着物の着付けなどのお手伝いさせていただきました。
足袋もはじめてはくんですぅーなんていう学生さんもたくさんいましたが
どうしてどうして皆いざ着物を着てみると
手足の長い今風の美女から
とても素敵な和風美女に大変身。
こんな可愛い娘達(いや、見栄はって年の離れた妹
?)がいたらいいな~などと
しばし勝手な妄想にひたってしまいました。
終演後模擬店をブラブラして大学の頃を思いだし
その後打ち上げに参加して帰宅。
楽しい一日でした。
あけび。
かわいいなぁ・・。
友人夫婦の生まれたばかりのご子息と対面。
お父さんもお母さんも上に超がつく美形。
いったいどんな子が生まれるのやら・・と思っていましたが
やっぱり目がぱっちりのハンサム坊やでした。
大きな黒目がちの瞳でじーっと見つめられると
例によってデレデレモードになっちゃいます。
大好きだから。
大好きで大好きで大好きな気持ち、は
せつなさに近いなぁ、と思う。
かけがえのないもの
絶対に失いたくないと思うもの
ともに過ごすその刹那、刹那を
全身全霊で忘れずにいたいと必死で願うもの
そんなものに出会ってしまった時の
歓喜のようなせつなさ。
踊りもそのように踊れたら
それ以上の幸せはないのだけれど。
ハチと着物の整理。
生き洗いに出していた着物がどっさり届いたので整理を始めたところ
さっそくハチがやってきた。
ハチはなぜか着物の整理には必ず参加する。
そもそも家庭内作業のほぼ全てはヤツの必須参加事項に入っているらしいが
着物の整理はその中でも最重要事項らしく
大切な着物を守るためにハチを着物の部屋から追い出して整理をしようものなら
ドアの外でものすごい抗議がはじまる。
そのうち自分でドアノブに飛び付き勝手にドアを開け
《まったくもう・・》という避難がましい目で部屋に入ってきたかと思うと
おもむろにタトウ紙の上にドサッと横になる。
はち~、はっきり言ってすっごく邪魔なんですけど~。
コミュニケイション。
(親しい間柄における)言葉足らずの人、というのは
言ったつもり、説明したつもり、になっているのだろう。
相手の立場にたった客観的な配慮がないから
結果的に人を不愉快にさせる。
《それならそれで先にちゃんと言っておいてよ~》ということになる。
あまりにそのパターンが度重なると
理解してもらおう、という自らの努力や手間は省いた上で
理解しよう、とする相手の努力や配慮を
当然のように求めるやり方のように思えてきて
あまりいい気分はしなくなる。(そもそも理解してもらおうと思ってないなら別だが)。
説明不足の話が理解不足の話になることほど不愉快なものはない。
立場が変われば
それぞれの立場での言い分があるのだろうが。
もっとも
たいていの行き違いは
根底にある信頼関係や
相手を大切に思う気持ちで解決されていくけれど。
薄型携帯。
〈あ、さむーい〉。
朝起きて〈あ、さむーい〉と今年はじめて感じた日。
お稽古にウールの着物を着て出かけた。
おめでとう!
今日はアミオの生みの親、Rさんのお誕生日
。
アミオ(編雄)はニットゆえにつけた名前だが
中学時代にRさんからもらった誕生日プレゼント
にもニットの手袋
があった。
もちろんRさんの手編みで
確か白とベージュピンクのミトンだったと思う。
冬の朝
ホッコリとしたあたたかい手袋が両手を包んでくれた
。
目。
卑怯な目と
臆病な目は
時々
似ていると
思う。
ハチじゃありません。
近所のスーパーの入り口で飼い主さんを待っていたボストンテリア。
ハチと同じようなカラーのうえに
ボストンテリアとしては華奢なタイプなのか
体格もちょうどハチくらいでした。
グレートピレネーズに遭遇!
銀座の歩道に人だかりができていて
何事か、と思って近づいてみたら
なんと体重60キロ超
だというグレートピレネーズ
が2頭。
私のような犬好きも含めて
その白くまと見まごうばかりの威風堂々とした
生きもの2頭に
びっくりしたり
めずらしがったりした人たちが
集まっていたようです。
人疲れさせるのは可哀想かな・・と思ったのですが
飼い主さんが言うには人が大好き、ということなので
私もしばし遊ばせてもらいました。
本物のグレートピレネーズに触るのははじめて
で
もううれしくてしょうがない
!
よく訓練された2頭はとてもお利口な甘えんぼ君でした
。
おくればせながら・・。
痛っ!
これまでの人生で今が一番髪が長い。
といっても
いつもほとんど着物だから
髪はアップにしていて
人様にもこんなに長いとは気付かれないし(一応サラサラヘアーを保つためそれなりの努力もしているのだが)
自分でも長さを意識することはあまりない。
そんな中
今日は久々に
ショルダーバッグに着物や帯などの大荷物を詰め込み
ジーパン、シャツで
髪をおろして(つまりロングストレートで)ウロウロしていたのだが
とても
肩が凝って
疲れた・・
。
おもーいバッグのストラップを肩にかけるたびに
必ず髪を挾み
〈痛っ!〉と言いながらそろそろと髪を手繰りよせる・・。
次は挾まないようにと
バッグを肩にかける前に
髪を手で横に捌けさせておくのだが
ストラップをかける瞬間風
が吹いたりすると
やはり微妙に髪を挾み
ツレテしまう。
さらに
髪を手繰っている間は
両手でも重いバッグを片手で浮かせていなければならない・・。
もう本当に手間は増えるは肩は凝るは・・
。
ふぅ
・・・
。
長くて(一応は)サラサラの髪を
自分でさりげなく取り扱うのが楽しくて
優雅
に感じるより
(大荷物を持ち歩いている時に限り、ではあるが)大変で
肩が凝る
と感じてしまうのは
女性としていかがなものか
、とも思えるが
私はなで肩で何度も何度もショルダーバッグを背負いなおさなければならない
、というハンディ(?)がある。
そのたびに〈痛っ
!〉と感じるのはやはりしんどい・・。
慣れれば要領よく扱えるものなのだろうか・・。
ウィースポーツ。
ウィースポーツにはまっちゃいました
。
特にテニス
朝
はボールが見える明るさになるとともに
夜
はボールが見えなくなる暗さになるまで
一心不乱に練習していた学生の頃を思い出し
腕に覚えのある男子四人をポコポコに負かしちゃいました
(と言ってもゲームですが・・
)。
昨日はその勝利の味をかみしめながら意気揚揚
と帰宅しましたが
おかげで今日は朝から右肩あたりが筋肉痛です・・。
イテテ・・
。
ホクロとか眉毛とか寝ぐせとか。
よくよく見るとハチの右手の人差し指(?)と左足の小指(?)には
小さなホクロがある。
先日出先で遊ばせてもらった散歩中の犬には
なんとなく眉毛があった。
昔飼ってたハムスターは
よくあきらかに寝ぐせと思われる毛並みで自分のベッド(巣)から起きてきた。
動物のホクロだとか
眉毛もどきだとか
寝ぐせだとか
なんだかそーゆーのって
やたら可愛いぃぃぃぃ
と思ってしまうー
。
なぜだろう?
矛盾。
私の中の私の声
誰にも聞こえないことが怒りになり
誰にも聞かせないことが安堵になる。
映画〈かもめ食堂〉。
強くてやさしいけれど
自分で持て余すほどの孤独をかかえた人たちが
ゆるやかにおだやかに再生していくドラマ。
誰かが誰かを劇的に助けたりするわけでもなく
思いもよらないどんでん返しがあるわけでもないが
寂しいけれどその寂しさをウリにしない程度に大人の人間達が
ごく自然にひかれあい
お互いがお互いに少しづつ影響しあいながら
自らの勇気と覚悟で心の温度を上げていく。
整然としてきれいだけど
どことなくかたくなな雰囲気で客の来なかった食堂が
店にかかわる登場人物達の心があたたまっていくのに比例するように客が出入りするようになり
ついにある日満席に。
トランクいっぱいの黄金色のきのこや
ムーミン谷のにょろにょろ達の話
主人公の特技である合気道の精神の話など
ドラマのメッセージを暗示するモチーフがたくさんちりばめられている。
ムーミンはカバではなく実はフィンランドの妖精だと聞いたが
片桐はいりさんがおっちょこちょいの寂しい妖精のような役回りで可愛い。
どおってことない淡々とした映画だけど〈いい感じ〉が残った。
食事会の写真。
写真・2。
写真・3。
あったか~い!
猛暑
の間は
〈暑苦しくても
可愛い
からいいの~
〉と言いつつ
毛皮に包まれたハチ
を抱っこしていたのだが
今日くらい涼しい
と
ハチのフワフワの毛皮
は
とても気持ちいい
。
ハチ、こっちにおいで~
。
かわら版。
日本舞踊協会・東京支部の機関紙〈大江戸かわら版〉に
記事を書かせていただくにあたって
国立環境研究所の江守さんにお話を伺いました。
環境問題をとりあげた番組などでコメンテイターとしてよくお見かけする江守さんは
その方面の第一人者ですが
素人の私達にもわかるような易しい言葉で丁寧に説明してくださいました。
ありがとうございました








がやってきました

