6月25日(土)午後2時より・紀尾井ホールにて
勝美流初代家元・勝美延三先生振付の『椿姫』に出演させていただくことになりました。
いとうたつこさんというピアニストの方の音楽と、日本舞踊のコラボ、という企画で
立方は勝美巴湖さん、藤間椛花さんと私錦翠美の三人です。
自分の息子が椿姫と恋仲になったことを憂い、若い二人の仲を無理矢理に裂こうとする父親、という難しい役を仰せつかりました。
頑張ります!!
皆様どうぞお越しくださいませ!!
今日のお稽古終了後、立ち方三人で一枚。
ブログ
着物でお出かけ。


弟子のTさん。
今日はお着物でお出かけです。
可愛いですね~。
若い女のが着物を着てランチをし、お芝居や踊りを見に行く。
日本舞踊の師匠としてはうれしいかぎりっ!!
ゴールデンウイークも飼い主馬鹿。


ハチが赤ちゃんの頃に書いた自分の詩らしきものを読むと
『華奢な体に不釣り合いなほど大きな目(の君)』だの
『(ショートケーキの)箱よりもさらにちっちゃなちっちゃな君』だのといった言葉が出てくる。
・・誰のことだ???と思ってしまう。
今のハチを指す三大形容詞(?)と言えば
『でかい』『長い』『重い』、ついでに『(力が)強い』だ。
華奢、だのちっちゃい、だの
とてもじゃないがハチのことだとは思えない表現ばかりでびっくりする。
そんなにちっちゃかったかしら、と
久々にハチの昔の写真を見てみたら
まさしく『手の平サイズ』。
これでもか・これでもか、というくらい育ってくれた。
そんなハチもそろそろ中年。
つまりデカイ上にオヤジも入っている。
そのくせ
声と性格は赤ちゃんの時のまま。
そのアンバランスぶりが実はますます可愛いのだが
つまり『可愛い』という言葉だけは
今も昔も
ハチにピッタリの形容詞というわけで。
ダンディH君。
国立劇場大劇場のロビーで
随分可愛らしい紳士がいるな~と思ったら
お馴染み花柳智寿彦さんの息子さん・H君でした。
いつのまにこんなにダンディになったのかな?
『松廼羽衣』で素敵な天女を踊ったお母様を応援に来ていたダンディH君でした。。
錦会。



国立劇場大劇場で『錦会』がありました。
三番目の演目が「菊づくし」だったのですが
今ちょうど子供教室でお稽古をしているのが「菊づくし」なので
AちゃんとSちゃんも勉強のために国立劇場に駆け付けました。
偉いぞ~(^o^)。
お馴染み錦吾先生のお孫ちゃんのHちゃんも先生の踊られた「京人形」を拝見しにきてました。
今日はちょっとおしゃれしてます。
ところでこのたび錦吾先生が
長年の功績を認められ、東京新聞より日本舞踊奨励賞を受賞されました。
おめでとうございます!!
4月28日付けの東京新聞に記事も掲載されてます!!
放映日お知らせ。


2月に三日間にわたって国立劇場大劇場で開催された日本舞踊協会本公演の中から
私も出演させていただいた初日キリの演目【吉原草紙】が
4月29日(金)22時15分~22時58分、NHK教育「にっぽんの芸能・芸能百花繚乱」という番組で放映されます。
【吉原草紙】は『鞘当』『女伊達』『かむろ』『俄獅子』の四つの演目で構成されている江戸吉原の風物を描いた全体で40分程の作品です。
私は最後の『俄獅子』の手古舞で出演させていただきました。
六人の群舞ですが、番組の尺の都合上カットされなければ私とわかってもらえるかな~?
まぁ私はともかく
年に一度の日本舞踊協会本公演とは
「現在の日本舞踊界を代表する舞踊家による、流派を超えた三日間の競演・昭和31年の第一回公演より今日まで五十余回の実績を重ね、日本舞踊界最大の規模と水準を誇っています。」と銘打たれた公演です。
若輩者の私にとってはもっとも緊張し、また勉強させていただく舞台でもあります。
本当に私はともかく、日本舞踊界を代表する第一線の先生方の舞台ですから、そういう意味でもぜひご覧くださいね!!
ちなみに以前も掲載しましたが
手古舞のお支度はこんなの。
吉原の芸者が男の扮装をして、年に一度のお祭りで踊っている、という設定です。
NHK教育テレビ「にっぽんのの芸能・芸能百花繚乱」
【吉原草紙】放送日時
2011年4月29日22時15分~22時58分
再放送
2011年5月2日5時15分~5時58分
雨も楽し。


お稽古の帰り
お馴染み錦吾先生のお孫ちゃんのHちゃんが近くのコンビニまでお買い物に行くというので
お供をさせてもらいました。
今日のHちゃんは水玉のレインコートにカエルの傘。
どうしてこういちいち可愛いんでしょうね~。
大きな葉っぱを傘にして森に住んでいるちっちゃな妖精を思い出してしまいました。
手。
震災後『忘れないでください。あなたの手で伝えられることがきっとあります。』というコピーとともに流れているAC広告がある。
いたく共感する。
随分前にこのブログでも書いたが
私は大好きな人(同性のお友達は恥ずかしくて無理だが)、心から愛おしいと思う人・子供・動物と手をつなぐのが好きだ。
何かの回線のように
繋がれた手を伝わって
どれほど愛してるか
どれほど感謝してるか
どれほど守ってあげたいと思っているか
そんなものの行き来が自由になるのが
嬉しくて仕方ないからだ。
手は大胆で圧倒的な感情から
微妙でごくごく繊細な気持ちまでも伝えることができる
不思議なツールだと思う。
もう20年近く前
地方の仕事先で母の危篤を知った。
その仕事で私は何かと怖いことで有名(?)なある先輩とタッグを組まされていて
なんとか仕事はうまくやっているものの
その先輩の噂どおりの強引さにすっかり臆してしまって
一旦舞台を降りてしまうと
決して円滑なコミュニケーションがとれている、とは言えない状態だった。
が、母の知らせを聞き茫然自失の私の様子を見た時
その先輩は何も言わず
ただただ私の背中を優しくさすってくれた。
そうしてしばらくして
少し私が落ち着いた頃
さする手はそのままに
『大丈夫、大丈夫だから。絶対お母さん待っててくれるから。』と言ってくれた。
その言葉どおり
私が駆け付けた後母は一旦持ち直したのだが
あの時の先輩の手の暖かさは今でも忘れられない。
『ゾッとする』という表現は何となく背中に感じるうすら寒さのように思うが
物理的・具体的な冷たさ以外のものを感じ取ることができる背中に対して
暖かい何かを発信できるのが手なのかもしれない、と思う。
毎度お馴染み飼い主バカの話で申し訳ないが
私はハチの頭を暇さえあれば撫でてしまう。
単純に撫でられているハチの様子が可愛い、ということもあるが
なんだが撫でれば撫でるほど
ハチの心の(命の?)温度が上がるようなイメージもあるからだ。
よく『私、手フェチなんです』という人がいるが
実は私もそう。
異性のまずどこに目がいきますか?と聞かれると
迷わず『手』と答える。
理由は『なんとなく色気を感じるから』という、ありがちな答えだが
ふと
手から伝わってくるもの・手から想像できる『その人』は
もしかして私が考えているよりもはるかにたくさんあり、深いものなのかもしれない、と思う。
三人娘。
本日の子供教室のお稽古終了後
着替える前に
次回から(?)お稽古する曲の最後のポーズだけやってみたところ
あまりに可愛くて
付き添いのご父兄や
助手で来てもらっている私の弟子のTさんなど
大人達の撮影会になっちゃいました。
こういう感じにしたら可愛いだろうな、と思って振付したのですが
実際に子供達にやってもらったら
思ってた以上にべらぼーに可愛くて
私や若菜先生含め
大人達はちょっとメロメロでした。
暖かくなってきたこの頃
以前より集中力がついてきた子供達は
いい汗をかきながら元気にお稽古に励んでました!
白黒卵。
白黒卵・2。
余震。
大きな余震が続いている。
地震から四日後にやっと生存確認がとれた被災地区在住の友人や
法医学の医者として現地に入った知人から
マスコミでは報道できない被災地の模様を聞く。
二時災害的な影響が生活や仕事のいろんなところに出てはいるものの
計画停電該当地区にも入らず
ライフラインが途絶えることなくとりあえず普段通りに暮らしているのだから
贅沢を言っている場合じゃない、と本当にしみじみ思う。
そんな中でちょっとまいっているのが車酔いのような体調の悪さ。
余震のせいなのか
なんとなく軽い車酔いをした時のような気持ちの悪さが続いている。
医者に行くほどではなく
とるにたらない程度のものだが
もともと眠りが浅いのに加えてさらにうまく睡眠がとれない日が多くなった。
福島原発は今日レベル7に引き上げられた。
恵まれた環境内に居る、と言える都内在住の私ですらこうだ。
被災地の方々の苦痛ははかりしれない。
役に立ってます。
盲導犬とか聴導犬とか災害救助犬とか麻薬探知犬とか
人間のよき友・よき相棒としてのみならず
人を助け、人の役に立ってくれるのが
よく訓練された優秀な犬達だ。
さて猫は言うと
どれほど賢くてもその知能を人のために使おう、などという健気な気持ちはサラサラなく
視覚障害者のために手を引くこともなければ
奴らの一番のセールスポイントである、抜群の聴覚ですら
自分のため以外に使おうなどとは夢にも考えてない。
つまり基本『猫は役に立たない』。
何かの本で読んだが
『猫は可愛いのが仕事』とのことだが
全くその通りだと思う。
ところで
地震以来エアコンの使用を控え
そのかわり身体を冷やさないように厚着をして過ごしている。
凍えるように寒い中、毛布を譲り合って頑張っている被災者やボランティアの方達のことを考えると
申し訳ないくらいの節電だが
そんな中
以外と役に立ってくれているのがハチ。
どうしても寒いな、と感じる時はとにかくハチを抱く。
猫は体の中で内臓を移動させられるので
どんなふうに抱いたってその時その時の形にピッタリ寄り添ってくれる。
しかもうちのハチはデカい、そして長い!!
限りなく柔らかい巨大なホッカイロ、みたいなものだ。
身体暖房猫、即熱式ジャイアント湯たんぽ猫・・どれも盲導犬や聴導犬に比べると
見劣りする名前だが
とりあえず
『猫も(たまには)役に立つ』!!
『100万回のI love you』。
車か何か(?)のCMで流れているのを聞いて一瞬で好きになり
即CDを買いに走ったRakeの『100万回のI love you』。
いい曲ですね~。
ものすごくシンプルでストレートな愛に溢れてて
なんだかまぶしくなっちゃいます。
うまく生きてる。
大丈夫
うまく生きてる。
バレずに
首尾よく
おりこうに。
野良猫並の賢明さで。
大事なのは自分、と
ちゃんとわかっていて
ふわふわといい加減で融合しながら
うまくやってる。
たいした覚悟もなく
しかめっつらをしているのは
一人だけ。
チビAちゃん。
子供教室にチビAちゃんが入ってきました。
この春からピカピカの一年生です。
四つお姉さんのSちゃんとAちゃんが
チビAちゃんのちっちゃな浴衣を着せ、帯を結んでくれました!
まだまだちっちゃいと思っていたAちゃんとSちゃんが
いつの間にか年下の子のお世話をする頼もしい先輩になってました。
子供達の成長って本当にすごいっっ!!
マニュアル時代。
心がない、と言うか、とおりいっぺんと言うか、融通がきかないと言うか
マニュアルでしか対応できない、あるいはしない人(例えばお役所仕事)にイライラさせられることがままあるが
先日TSUTAYAに並ぶ洋画のタイトルを見ていて
今はまさにマニュアル時代なんだなぁ~としみじみ思った。
『10日間で上手に男をふる方法』、『新しい人生のはじめかた』、『2日間で上手に彼女になる方法』、『忘れた恋のはじめかた』、『幸せになるための恋のレシピ』、『賢く生きる恋のレシピ』等など・・。
もちろん原題は違うから、邦題をつける際に日本人が受け入れやすいタイトルを探すのだろうが
これだけ『○○のやり方・作り方』というタイトルが並ぶということは
やっぱり今はマニュアルチックなものがもてはやされる時代なのかな~と思う。
マニュアル本は便利なものだが
いつの間にか【利用する】から【たよりきってがんじがらめになっ】ているパターンの何と多いことか。
かくいう私も料理本をはじめマニュアルものをガンガン利用しているほうだが
元来めんどくさがりで意思の弱い私など
利便性をうまく使いこなしているつもりが
気がつくとすっかり取り込まれていた、というふうになりかねない。
人から人へ、現場から生のまま、という伝達しかありえなかった時代から
いろんな情報手段が発達した今の時代では
ものごとへの考え方やとりくみ方が変化するのは当然で
決して悪いことではないのだが
問題はそのマニュアルものとの付き合い方なのだろう。
そのうち『マニュアル本との付き合い方』、『マニュアルをうまく人生に取り入れるには』というマニュアルものが出るかもしれない。
おやすみ。
24時間
一秒たりとも
とりこぼさずに
ずっとずうっと
幸せでいてほしいから
だから
眠っている間も
いい夢を
一日の終わりに
無防備な君に
キスをして
おやすみなさい。
キャンディー。
弟子のKさんから
「先生、Sさんから先生にってことづかってきました」と、コーヒーキャンディーをいただきました。
SさんはKさんのご友人で
Kさんと一緒に私の舞台を観に来てくださったこともあって
私も存じ上げている素敵なお姉様です。
「何かあった時のために非常用でバッグに入れておいて!」とのこと。
ご自身のご実家が福島で
今大変な思いをなさっている折に
ハチと二人(?)暮らしの私を気にかけてくださったSさん。
大事に携帯させていただきますね!
そういえばSさんは
今日の暖かいお心遣いそのままのような
フクフクとした本当にやわらかい手の持ち主でいらっしゃいます。
お稽古場も電気を一列落とし
着替える際の暖房も低めに設定し、なるべく早めに切って
節電に協力です。
ささやかですけどね・・。
そういえば
当初の予定では計画停電該当地区だったのに
結果的にたまたま停電を免れた地域があって
「それは(停電が免れたのは)自分の口添えがあったからだ」というチラシを作り
有権者宅にポスティングした、という
その地域選出の議員がいるといいます。
また大阪府議会では
ある政策に反対の立場をとっていた議員が
今回の震災の影響でその政策が頓挫してしまったことを受けて
「これも地震のおかげだ。地震があってよかった。」 と発言したとのこと。
前者も後者もあわてて「失言だった」とか「不適切だった」とか釈明していましたが
驚くばかりです・・。
大江戸かはら版発行。
日本舞踊協会の機関誌『大江戸かはら版』の本年度発行分が出来上がってきました。
私が編集委員をさせていただいていることもあって
弟子のSさんのお孫さんYちゃん(写真右、立っている子)、
友人Hさんの姪の娘さんMちゃん(写真右、座ってる子)にご協力いただき
表紙を可愛い笑顔で飾っていただきました。
記事のほうでも
弟子Iのさんがモデルとして登場してます。
ところで自分の姪・甥の子供のことを
『姪孫』と書いて『てっそん』と読むそうですね。
初めて知りました。
ハンサム・ウーマン。
友人のSさん。
連絡はずっととっていたものの
会ったのは十数年ぶり。
久々に会ったSさんは
以前にも増して
何と言うか、『ハンサム・ウーマン』とでも呼びたくなるような
生き様の潔い
カッコイイ女性になっていました。
会えなかった十数年の間の
彼女の人生の濃さがうかがえます。
見習わなきゃ~。
できることは?
今日は午後から子供達のお稽古でした。
お稽古を始める前
今回の震災に関して
今このお稽古場でできることはないか
子供達、若菜孝史先生、ご父兄の方達皆で考えてみました。
そして
子供達からの提案で
『無駄な照明を消す』『身体が暖まったら早めに暖房を消す』
という2つで節電をしようということになりました。
都内の学校に通うAちゃんとSちゃんですが
地震の折には
本人達もずいぶん怖い思いをしたり
帰宅までに膨大な時間がかかったりしたそうです。
そんな子供達が考えたささやかな協力ですが
その気持ちがきっと大きな力となって
被災した皆様に届くものと信じています。
祈り。
小さな鼓動を
自分の鼓動で包むようにして育てた。
錆びた刃で
胸を引き裂くような思いで手放した
小さな鼓動のほむらが
どうかどこか優しい場所で
灯りつづけていますよう。
報道。
今回のようなことが起こった時
報道を見てていつも思うのだが
被災され、大変な思いをされている方に
マイクとカメラを向けて『今、どんなお気持ちですか?』と聞く報道というのは
アリ、なのだろうか?
愉快なわけがないだろう、と言いたくなるし
この記者はこの被災者に何を言わせたいのだろう、
そのインタビューを誰に向かって報道したいのだろう、
その報道にどんな意味や公益があるのだろう、と思ってしまう。
同情を込めた声でインタビューするそういう画面になると
私はすぐにチャンネルを変えてしまう。
被災地の現状やその時点で本当に必要とされる物や人の情報、
安否情報や、心強い救助の様子など
たまたま被災を免れた私達に今何ができるのか、
冷静に、でも懸命に考えるための拠り所としても
報道の果たす役割は大きい。
か、そこに
被災されなすすべもなく呆然と佇む老人に『今どんなお気持ちですか?』と聞く報道は本当に必要不可欠なのだろうか?
そのインタビューを見ることで
何らかの支援をさせていただきたい、という気持ちがより強くなる視聴者(企業や公の機関含めて)がいる、ということだろうか?
被災地や避難所の現状や
支援の不備による窮状を客観的に、
またはそれを必死に訴える被災者の声をより迅速に正確に伝える、
それ以外に
命からがら逃げてこられた被災者で混乱している避難所で
(これは言い過ぎかもしれないが)より劇的な被災者を探すようにしてインタビューすることが
今このタイミングで
本当に必要なのだろうか。
阪神大震災の時よりもそういう報道は少ないようには思うが。
それとも被災を経験してない私には
わかってない部分があるのだろうか・・?
ご心配いただきありがとうございました。
地震の夜、亡くなった母の夢を見た。
私は女の子にしてはあまり帰省をしないタイプだったが
それでもたまに思い出したように帰ると
最寄り駅の改札に母が迎えに来ていることがあった。
私の帰省を切望し、待ち望む母でもなければ
母に逢いたくて仕方ない、と感じる娘でもなく
どうせ三日もすればどうしてもどうしてもうまくいかなくなるのだが
たまに気が向くと帰る娘を
たまに気が向くと迎えにくるような母だった。
いつだったか珍しく迎えにきた母を改札口の向こうに見つけた時
『小さくなったな・・ 』とふと思った。
夢の中で
私は改札口を挟んでホームに立っていた。
そして改札口の向こうに立つ母を『小さくなったな・・』と感じている。
次の瞬間、母はいなくなる。
そして『あ、そうか、彼女は亡くなったんだから迎えにくるわけないんだ』と
母が消えた理由を考え、納得する。
納得しながら
いつまでもぐずぐずとホームに立って改札を入らず
さっきまで母がいた場所の後ろから差し込む午後の陽射しを
ただただ見ている、そんな夢だった。
地震については
いろいろとご心配いただきありがとうございました。
幸い私もハチも元気です。
皆様もどうぞお怪我もなく、ご無事でありますよう。
春よ来い!!
今月は少し時間があるので
大好きな映画を観まくっている。
その中で遅ればせながら観た『相棒』、良かったな~。
エンドロールが流れはじめてもお客様が一人も席を立たない映画なんてなかなかないと思う。
私は基本的には洋画派なのだが
仕事で映画に関わらせていただくこともあって
邦画が元気なのは本当に本当に嬉しい。
好きな洋画は、と聞かれると
たくさんありすぎて困ってしまうが
『ショーシャンクの空に』『フィラデルフィア』『恋愛小説家』『二十日鼠と人間』『ア・フュー・グッドマン』『アポロ13』『愛と哀しみのボレロ』『ザ・ロック』、思い出すと今でもどうしようもない怒りが湧いてきて叫び出しそうになるので二度と観たくはないがそれ程印象に残っている、という意味では『告発』などなど。
どちらかというとラブストーリーよりは男くさいもののほうをよく観る。
勧善懲悪系より登場人物それぞれの価値観や主張が多様なほうがおもしろいと思う。
その時代の、その状況で、その立場だったからそういう結末になったけど
そうでなければどうだったのだろう、
絶対で唯一の正義ってあるのかな~、という疑問を残すような幅のあるもののほうが好きだ。
『ア・フュー・グッドマン』でジャック・ニコルソン演じる大佐がまさにそうで
この大佐は高圧的で権威主義の、この上なくイヤ~な人物として描かれているのだが
最後に言い残す彼の主張には
「確かに」 と思ってしまう説得力がある。
もちろん怪優ジャック・ニコルソンの名演技によるところもあるだろうが
こっちが正しくて、あっちが間違い、という単純な答えでいいのかな~と思える何かを投げかけてくる主張のようにも思う。
そんなこんなで
眼精疲労、と言われるほど観まくっている今日この頃だが
やはり待ち遠しいのは
劇場の外の桜が咲き始める暖かい春!!
暖をとってます。
自宅近くの公園でよく見かける猫。
野良ちゃんみたいですが、耳にはちゃんと『去勢済』の印があります。
さむぅぅぅぅい日の夜は公園の外灯の上にしっかりと陣取っています。
賢いね!!
でも夜道を帰る子供達にも少しだけ光を分けてあげてね~。
スクランブル交差点。
煙るように雨が降りしきる
暮れ始めのスクランブル交差点の真ん中に立って
渡る方向を探している。
撮り損ねた写真のように
顔の輪郭が溶けて滲んでしまった
タフで賢明な人達が
いぶかしげに横目で見ながら
肩を押すようにして
通り過ぎていく。
信号が点滅する。
車のクラクションが鳴り響く。
雨が煙る中
渡る方向が見つからないまま
交差点の真ん中に
老いたピエロのように
立ちすくんでいる。
受験生。
美しく頼もしいものですね。





