チビAちゃんとSちゃんがお休み。
今日はAちゃん一人でじーっくりお稽古の日になりました。
いつの間にか日本舞踊の微妙な体の向きができるようになっていたAちゃん。
久しぶりに浴衣姿で決まったところを写真に撮らせてもらいました。
ちゃんと日本舞踊の立ち姿になってますねー(^○^)。
ブログ
節分には…。


鉢巻き、ではなくハチ巻き。
節分の恵方巻きに対抗してみました。
今年の方角を向いて無言で食べちゃおっかなぁぁ
~。
また虐待してる!と言われそうですね~。
この忙しいのに私はいったい何をやっているのでしょう…。
子供教室だより。
子供教室には『楽しい楽しい(?)個人稽古タイム!』というのがありまして。
全稽古時間のうち
二人と一人に別れてお稽古する時間を20分ほどとっています。
今日はチビAちゃんの個人稽古の日でした。
チビAちゃんの年齢ではちょっと難しいかなぁ…と思える振りをお稽古したのですが
立派にやりきったチビAちゃん。
何度も何度も繰り返しお稽古しているうちに
いやになったり、飽きたり、疲れたりしないかな、と心配になり
途中で二・三度『大丈夫?』と聞いたのですが
そのたびに『大丈夫!』という元気な答えが返ってきて
結局バッチリその振りをマスターしちゃいました。
あっぱれ!!
そんなチビAちゃんをほっといているようでいて、実はちゃんと見守っている、お姉ちゃんのAちゃんとSちゃん。
今年も仲のいい三人娘は健在です。
ところで今日のお流儀の講習会で一年ぶりにSさんと再会しました。
相変わらずお優しい笑顔が爽やかなSさんでしたが
ずっとこのブログを読んでくださっていたようで『ハチ、可愛い!大好き!特にあの豆絞りの写真!』と言ってくださいました。
う・う・うれしい…。
ハチ、そろそろかぶりものシリーズ第三段いっちゃう!?
ハチ、シャワーは…。
先祖。
私の両親はすでに二人とも他界している。
父も母も田舎でそこそこ成功し(?)
それなりにそこそこ平凡な人生を送り
母はいささか若いうちに
父は少なくとも平均寿命は全うして亡くなった。
歴史に名前が刻まれるような偉人でも極悪人でもない二人だった。
そのうち二人のことを語る人間も亡くなり
長い長い時が過ぎれば
二人が生きた証も消えて
いつか二人のことを誰も知らない時代も来る。
だがそんなごくごく平凡な小市民の二人でも
『死』という人生最後の難業をちゃんとやり遂げた(妙な言い方だが)。
当たり前のことだが
死は本当に万人平等なんだな、とも思うし
同時に
死というものをくぐり抜けた二人を(うまく説明はできないのだが)尊敬してもいる。
残念ながら親子としては決して縁の深いほうではなかったし
存命中に『尊敬する人は両親です』と言えることもなかった。
が、亡くなった今、両親への思慕とは別のところで
なんというか、言ってみれば客観的な畏敬の念を持っている自分に気づくことがある。
両親に対してもっと主観的で、身近な強い思いを持てない自分を寂しくも感じるが
二人の命日が近づく冬から早春にかけて
いつもそんなことを考えてしまう。
素朴な疑問。
私は意外に(?)指先が細い。
しかも(これでも)一応女性だ。
その私でもスマホのタッチパネルにはイライラすることが多々ある。
ごつい指の男性は
やたらデリケートなこのパネル画面を
平穏無事に使いこなせているのだろうか…?
テレビっ!!


城南ブロックの新年会がホテルオークラでありました。
そ、そしてなんと福引きで40インチのテレビがあたってしまいました! !ありがたや、ありがたやー。
今年はいい年になるかな!?
ハマリモノ。


ハチの最近のハマリモノ・・
シャワーのお湯をびしょびしょになりながら飲むこと。
水は苦手だったはすなんだけどなぁ…。
今やシャワーの音が聞こえると、すっ飛んでくるようになっちゃって。
相変わらず意味不明のヤツです…。
ま、元気なら何でもいいかな~。
私の最近のハマリモノ・・
稽古場のお友達からもらったナチュラル・りパブリックのパック(大人気の理由がよくわかりました!感動!)、
俳優の濱田岳さん、
『ネ、ネ、ネ、ネコまっしぐら~』の歌でお馴染み、カルカンドライのCM、
フィギュアスケート鈴木明子選手(鈴木選手は最近、というよりすっと以前からファン!)。
来週から、日本舞踊協会公演で踊らせていただく『球磨川』の振りうつしに入ります。
実はここ何日か体調が最悪だったのですが
しっかり整えて頑張ります!!
ハチの一大事!?
今回はいつもの大暴れの抵抗もなく、すんなり注射をさせてくれて、健康診断も問題なし。
『ハチ、今年はえらかったねー』とほめたおしながら帰宅したのだが…。
帰宅してから1時間ほどしてからハチの様子おかしくなり、ヨダレのようなものを吐きだした。
ネコは毛玉が胃にたまると吐き戻したり、あわててご飯を食べると消化が間に合わす吐いたりと、吐くことはそれほど著しく珍しいことではない。
吐いたあともケロリとしてて『あー、スッキリ』くらいなものだ。
が、今回はあきらかに違う。
びっくりしてあわてて再度獣医さんに連れていった。
結局注射による軽い副作用だったらしく、3日間の投薬で大丈夫とのことだった。
ハチもすっかり落ち着き、一安心だったが
ハチの様子がおかしくなった時、私自身もパニックになりそうだった。
それではダメだな、と猛省している。
飼い主は、何かあった時には冷静に、落ち着いて、迅速に、強くなければ。
獣医さんに連れていくまでの間
私がちょっとでも泣いたりパニクったりして、具合の悪いハチを無駄に怖がらせはいけない。
なかなか難しいけど、本当にそう思った。
キャリーパミュパミュ!?
役者さんという仕事柄、普段は滑舌バッチリの弟子の寺島さん。
が、なぜか『キャリーパミュパミュ』にははまってしまったらしく
稽古前の雑談の間
『パムピャム??あれ?』
『ピャムピャム??違う!』
『パムピャミュ??』
『ピャミュ!』
『ピッ!』
『パ!ピャ!』
『えー、ピャム、違う、ピャミュ!』 と
何度も繰り返し練習していました(^○^)。
本人は大まじめなのですが
私にはどうしてもコントの古典的なボケに聞こえてしまい、大爆笑。
さらに弟子のKさんは『バーニャカウダ』を『ガーニャパウダー』と思っていたらしく
なんだか美味しそうな高級生チョコみたいな呼び名になってて
こちらも寺島さんともども大爆笑。
言葉のあやふやさに大笑いした楽しい一日でした。
ところでバーニャカウダはともかく
『今日のお客様はキャリーパミュパミュさんてす!』←これ、いっきに言うのって確かにちょっと気合いいりますよね?
頭がかたいっっ(>_<)!!
スマホは携帯ではなくパソコン!
わかっているのについつい携帯的発想で操作をしてしまいそうになる(・・;)。
あー、我ながらなんて頭がかたいことっっ!!
子供教室だより。
新年最初の子供教室。
久々に三人娘の元気な顔を見て、なんだかいっきに春が来たような、華やいだ気分になっちゃいました。
みんな今年も一年楽しくお稽古しましょうね~(^_^)v。
スマートフォン
携帯が故障。
まだ1年も使ってなかったのにスマートフォンに替えた。
今までの携帯とスマートフォンは全く別ものなんですね‥。
慣れるまで時間がかかりそう‥。
わがままな愛だけど。
君が元気でいる間は
君にとってはうっとうしいくらいの私の過多な愛情を
小さなため息をつきながら
少しだけ粗末に受け止めて
君が神様のもとに還る時は
私のことなんかすっかり忘れて
ただただひたすら愛されたことを
神様への土産話に携えて
そんな君の一生であってほしいと
心から思う。
日本舞踊協会公演。
2月17日から19日まで、国立劇場大劇場で日本舞踊協会本公演が開催されます。
私も17日昼の部に出演させていただくことになりました。
『現代の舞踊界を代表する一流舞踊家による、流派を超えた3日間の競演。昭和31年の第1回公演より今日まで50余回の実績を重ね、日本舞踊界最大の規模と水準を誇っています。』と銘打たれたこの協会公演は
私にとってもっとも緊張し、かつ気合いの入る舞台のひとつです。
私の出演は17日昼の部2番。
若手・中堅女流舞踊家8人の踊りで、人間国宝花柳寿南海先生振付の『球磨川』という演目です。
皆様、ぜひぜひご来場くださいませ!!
オバタリアン(怒)。
今は死語となってしまったが
ドあつかましくて無神経な中年女性を指した、昔なつかしい流行語『オバタリアン』というのを覚えているだろうか?
劇場や会議の場で
この『オバタリアン』という言葉をふと思い出してしまう場面に遭遇することがある。
舞台で上演中にもかかわらず
客席でヒソヒソ声どころか普通のトーンの声で話し、あろうことか笑い声までたてるおばちゃん(あえて)達。
会議中にもかかわらず
議題を話し合っている声を阻むほどの大きく無神経な声で、私語をしゃべりまくるおばちゃん(あえて)達。
私がもっとも呆れてしまうことのひとつだ。
私は今までこういうおばちゃん達の言動を
あつかましさゆえ・他人の観劇や話し合いの邪魔になっていることに対して厚顔でいられる神経ゆえ、だと思っていた。
が、最近どうやら少し違うような気もしてきた。
あの類のおばちゃん(あえて)達は
そもそも自分達の言動が他人様のご迷惑になっている、などとは夢にも思ってないのではないか。
自分の声が客席や会議室に響いて『うるさい』と思われている、ということを想像だにできないのではないだろうか。
解っていて平気でやるおばちゃん達に比べれば罪がない、と言えなくもない。
が、解っていてそれでもやる、確信犯的なドあつかましさと
事実の認識すらできない、自らの言動への客観性のなさと
どちらがより無神経で
より『オバタリアン』と呼ぶに相応しいか。
私はどっちもどっちで、少なくとも中年と呼ばれる年齢の女性であるなら、解っていないからと言って許されるものでもない気がするのだ。
先日の新春舞踊大会の折
ある演目が上演されている間中、客席で『ほらコーヒー水筒に入れてきたから飲みなさいよ、まだあったかいからさぁ』『やーだ、あんた遠足じゃないんだから、国立劇場なのよー、ガハハハ』とかなんとか話し続けている二人連れのおばちゃん(あえて)達がいて
驚いた回りのお客様から白い目で見られていた。
が、本人達はいっこうにその冷たい視線に気がつかず
実に楽しそうに会話をはずませていた。
席が前のほうだったために、劇場の係の方もわからなかったらしく
結局その傍若無人の会話は20分の踊りが終了するまでとぎれることなく続いた。
もちろん私は幕間に席を移ったが
あまりの無神経ぶりに
冗談ではなく文字通り鳥肌が立ってしまった。
一言で言えばTPOの問題なのだろうが
私には理解不能の言動だった。
とは言え、自らを振り返ればきっと私も似たり寄ったり、まさに他人の振り見て・・、の話で
全くもって他人様のことをああだこうだ言えるほどの人格者ではない、というのを重々解ったうえで
それでもあえて言いたい!!
解ってやっているわけではないのだとしたら
自分の声の大きさがわからないくらい耳が遠いのか
はたまた回りの人間の白い目に気がつかないくらい鈍感なのか
どっちにしてもそんなに大声で話したいなら、とにかく一旦客席(や会議室)から出てください!!
先日なんて、大好きな演目を大好きな舞踊家さんが踊っている舞台で、本当に本当にすっごく残念だったんだからねっっっ!!
・・なんて、本人達に言えず、ブログでストレスをぶちまける私もどうかと思いますけどね・・。
稽古始め。




今日は福岡に帰省していた弟子のTさんがお土産で持ってきてくれた、辛子明太子風味のおせんべい『めんべい』を皆でいただきながらお稽古始め。
三つ目の写真は博多織のしおり。可愛いですね~。
最後の写真は白湯に浮かべていただく茶々あられ・細切り昆布・さくら花のセット。
初春らしい華やいだ気分になれそうですね~。
ところで1月5日から国立小劇場で新春舞踊大会が開催され
今回は4日間のうちの2日間、朝一番から最後の演目までじっくり腰を据えて拝見させていただきました。
その中で一番感じたのは、やはり踊りにはその演者の人とナリが出るものだな、ということ。
踊っているその人の生き方、考え方、心の在りよう、などなどが
怖いくらいに見えてしまう。
ご存じのように新春はコンクールなので、同じ演目を違う演者が踊る、ということが多々あります。
そうすると表現ツール(演目)が同じ分、よけいにその演者の内なるものがクローズアップされて見えてくるように思います。
踊りの神様には嘘をつけない。
当たり前のことですが
自分も衿を正し、謙虚な気持ちで精進しなきゃ~と改めて思いました。
謹賀新年。
あけましておめでとうございます。
今年もハチともどもよろしくお願いいたします。
除夜の鐘が
響く中、初詣でひいたおみくじは『大吉』。
いい年になりますように!
カプッ!


『本人の写真があきれるほど少ないブログ』とよく言われる。
確かに私はあまり自分の写真を掲載しない。
舞台での写真はともかく
ハイ、チーズ!(古い・・)で撮った時など
おっそろしく写真写りが悪く、自分が期待するほどの写真がめったにない、ということもあるが(ま、現実を見据えればさして期待もできないのだが・・)
無理して笑っている私のいっぱいいっぱいの写真より
ブログに載せたくなるような、もっともっと楽しい写真がある、というのが
一番単純明快な理由だろうか。
例えばこれ。
先日の『ハチの豆しぼり』がやたら評判だったので
またまたやってしまった『ハチのなんとなくエノキダケ』。
ハチの頭の丸みと細さが、エノキダケの笠のところに見えないだろうか?
『若干虐待』という気もしなくもないが・・(^_^;)。
写真といえば
無類の動物好き、の私は
人様から猫や犬の写真付きカードやグッズをよくいただく。
とても嬉しいのだが
実はその写真が可愛ければ可愛いほど逆にフラストレーションがたまっていく、というややこしい事実もある。
ペットショップや動物ものの映画もそうで
行きたくて見たくてしょうがないし
行ったら行ったで楽しくて仕方ないのだが
そのうちだんだんストレスのかたまりになっていく。
『可愛いくてたまらないのに触れない』というのが我慢できないのだ。
ドン引きされるのを覚悟で言うが
私は(少なくとも動物に限って言えば)『可愛い』という感情は、五感全てで味わって初めて完全に満足するもの、と思っている。
もちろんあくまで『私の場合は』だが。
見て可愛い(視覚)、声を聞いて可愛い(聴覚)、(動物を飼っている方ならご理解いただけると思うのだが)その個体の匂いすら可愛い(臭覚)、抱っこして触れ合って可愛い(触覚)、というふうに。
これが途中の見て可愛い、とか聞いて可愛い、止まりだと
触れ合って一緒に遊べないことでストレスがたまり、ソワソワしてしまうのだ。
ちょっとでもいいから触りたぁぁぁぁい、という
なんだかどこかの危ないオジサンみたいな心境になってしまう。
これって私だけなのだろうか?
ところで五感、というとあとひとつ『味覚』が残っている。
よく「食べちゃいたいくらい可愛い」と言うが
とてもよく解る。
ここからは本当に本当によくドン引きされるのだが
私はその対象があまりにも可愛いと
なんだかなんだか
本当にちょっとかじっちゃいたくなるのだ。
で、よくハチのことも
カプッ!と噛んだりするのだが
これが他人からするとカプッ!どころかガブリッ!に見えるらしく
やっぱり『若干虐待』はあるようで(^_^;)・・。
足を引きずりながら駆け寄ってくるあの子。
君が一番望んでいるものを
今の私はあげられない。
自己満足スレスレの陳腐な同情しか
あげられない。
君のまっすぐで疑う術すら知らない甘えが
胸に突き刺さって痛いけど
君の聞き分けのいいあきらめは
もっともっと痛い。
もう少しだけ頑張って。
もう少しだけ待ってて。
きっときっと
絶対に君を
幸せにするから。
サンブルッケ??
今年最後の子供教室。
この一年で心も身体もうんと成長した三人娘、今日はなんとなくモノトーンのコーディネイトですね~。
ところで今子供達の間で流行っているのが『サンブルッケ』という言葉(どうやら造語らしい)。
皆はそれぞれ違う民族で
それぞれの民族はその民族独自の言葉しか使ってはいけないのですが
Aちゃんの民族は他民族の言葉をひとつだけ使ってもいいという法律(?)があるので
Sちゃんの民族の言葉である『サンブルッケ』を話すことができて
つまり『サンブルッケ』はSちゃんとAちゃんの唯一の共通の言葉になる、ということみたいです。
で、この『サンブルッケ』には主題歌も踊りもあるそうで
今日のお稽古の最後に
ちびAちゃんも入れて3人で楽しそうに披露してくれました。
子供の創造というのは
本当にフリーですね。
理屈や論理にとらわれない、だからほとんど荒唐無稽に思えるのだけど、不思議と細部に至るまでツジツマはあっている。
だから面白いんですかね~。
『子供教室』を始めて一年、三人娘には驚かされたり、感心させられたり・・。
楽しい日曜日でした。
皆来年も身体に気をつけてがんばろうね!!
わかるけど。
昼休みにランチを買いに行った店で
『人見知りなあなた、セレクトランチがセルフですよ』という看板を見つけた。
「これください」などという会話をしなくてすみますよ、という意味だろうか?
なんだかな~・・。
清々しい。
友人の、とても勇気ある決断を聞いた。
私にはできないだろう決断。
大上段に構えるわけでもなく
ひそやかに
ぶれずに
自分の中で何かを決める。
清々しかった。
生き方や哲学はその人の顔になる。
得るもの、引くものを見極める心を研ぎ澄ませた強い女性は美しい。
私は大丈夫か。
ふと自分のことを考えた。
チラシ完成。


『おどりの寺子屋』のチラシと応募用紙が出来上がりました。
目黒区の小学校と公共施設に配ってもらうため
所定部数を学校数と施設数分セットし
目黒区役所に持参しました。
目黒の子供達もたくさん応募してくれますように、という願いを込めながら
目黒在住の若菜孝史氏とひたすらチラシの枚数を数える、という地味な作業・・。
久々対面の若菜氏になぜか興味津々のハチ。
ハチの豆しぼり。
水浴びは嫌いだけど。
隙あらば洗濯機ダイビングをするハチ。
相変わらず訳のわからないヤツ・・。
目黒区役所訪問。
雨の中、『おどりの寺子屋』の仕事で目黒区役所を6回目の訪問。
来年の『おどりの寺子屋』で
目黒区の子供達が昨年にも増して、ますます奮って参加できるよう
区と教育委員会のご支援・ご協力をいただくための訪問です。
新設された目黒区文化交流課、目黒区教育委員会、目黒区庁舎管理課の担当者の方には、本当にいろいろとお世話になり
おかげさまで区と教育委員会のご後援も無事いただくことができました。
私達『おどりの寺子屋』プロジェクト委員だけではなく
たくさんの方達の、「次代を担う子供達に自国の文化に触れてもらいたい!」という思いが少しずつ結集されて
『おどりの寺子屋』それ自体が育っていっているように思います。
どうかこの思いが
目黒区の子供達にも伝わりますように。
創作自由市場を終えて。




今回は自分の作品と、若柳三十郎さんの作品、二つを踊らせていただきました。
私の『夏草の詩~太陽に焦がれて~』は
身体を使って何かを表現する、という
舞踊家としての最も基本的な部分に立ち返りたくて創った作品でした。
とにかく身体を使って使って、ヒネリなしのド直球、みたいな作品を創りたくなり
そういう狙いで創ってみた、という意味で
自分にとっては思い出深い、大切な作品の一つになっていくのではないかな、と思っています。
とは言え、終わってみればあいも変わらず反省点の山で
舞台稽古で気持ちが燃え尽きたようになってしまい、本番ではイマイチ気持ちのエンジンがかかりにくく、低速発進になってしまいました。
よくアスリートが絶好調のピークを試合当日に持ってくるのに苦労する、と聞きますが
私も舞踊家としての技術的な未熟さもさることながら
感情のコントロールや気持ちのピーキングについても改めてまだまだだなぁ、と痛切に感じました。
三十郎さんの『いつもと同じ』では
主人公の女性役で三十郎さんと共演させていただきました。
半分以上が芝居の作品で
微妙な目線一つにも深い思い入れがないとできないような役でしたが
役にトリッブしていく時の、危うさとスレスレの愉悦感、みたいなものをよりクリアに味わえたような気がします。
ところで余談ですが
私の友人が、初めて創作自由市場を観るという会社の同僚の方を連れてきてくれたのですが
その同僚の方が
『いつもと同じ』で踊った人と、『夏草の詩』を踊った人が
同じ名前であるにもかかわらず
しかも終演後実際にお会いして、目の前でお話しさせていただいているにもかかわらず
「同一人物だ」ということがなかなか理解できないご様子だったのには、笑ってしまいました。
ワンレンロングストレートにお洋服と、
髪を一つに縛った片身変わりのお着物では
イメージが違いすぎたかな?
ということでご来場くださった皆様、またお世話になったスタッフ・関係者の皆様、本当にありがとうございましたっっ!!
子供教室だより。
このブログの『子供教室だより』で
度々子供達のポテンシャルについて触れてきましたが
今日は改めて
子供のストレートでやわらかい感性に驚かされることがありました。
現在『京の四季』を稽古しているのですが
足拍子の稽古のために
別途童謡の『村祭り』に足拍子メインの振りを付けて
ウオーミングアップをかねて踊ってもらっています。
ノリがいいため子供達も楽しそうで
あまりに楽しそうなので
特に振りを付けてなかった前奏の部分を
子供達の好きなように踊ってもらったところ
三人のうちの二人が先に出て一踊りしたのち
もう一人を手招きして呼んで
三人で仲良しの振りをやってから曲に入る、という
ちゃんと的を射た踊りを、音に合わせて身体を動かしているうちにいつのまにか創り上げていました。
楽しい音に自然に反応し、仲良しの三人で踊っている、ということを自然に感じる、
そしてそれがそのまま踊りになってしまう、というのは素晴らしいことです。
確実に日本舞踊らしい動きであるかどうか、というのはこの際置いといて
あえてあまり手を加えず踊ってもらおうと思いました。
子供達のポテンシャルとパワーに驚かされた一日です。
帰り際のショット。
今日もSちゃんの愛犬・クンクンがお出迎えでした。
「ばかだなぁ・・」。
心臓の鼓動をくるむように抱きしめながら
そっとささやく「ばかだなぁ・・」は
私から君への
最高に甘い告白。
ぬいぐるみに嫉妬する君に
掃除機にファイティングポーズをとる君に
レジ袋の音を恐がる君に
わがままな私を
ちょっとだけ愛してくれる君に
「大好きだよ」のかわりに
そっとささやく
甘い
甘い
「ばかだなぁ・・」 。




