錦吾先生の喜寿をお祝いする会が芝の「とうふやうかい」でありました。
あいにくの雨でしたが、広い日本庭園には雨もまた風情あるもの。
久々に顔を見せてくれた稽古場の若手美女三人。
左の二人は、始めて会った頃はまだ小学生だったのですが…。
時の流れを感じますねー。

お馴染み、錦吾先生のお孫ちゃんのHちゃん。
現在プリキュア80枚保持、だそう。

先生、どうぞいつまでもお元気で。
これからも末永く頼りない弟子を見守ってください(^○^)。

錦吾先生の喜寿をお祝いする会が芝の「とうふやうかい」でありました。
あいにくの雨でしたが、広い日本庭園には雨もまた風情あるもの。
久々に顔を見せてくれた稽古場の若手美女三人。
左の二人は、始めて会った頃はまだ小学生だったのですが…。
時の流れを感じますねー。

お馴染み、錦吾先生のお孫ちゃんのHちゃん。
現在プリキュア80枚保持、だそう。

先生、どうぞいつまでもお元気で。
これからも末永く頼りない弟子を見守ってください(^○^)。

金曜赤坂座、無事終了しました。
おいでくださった皆様、ありがとうございました!
終演後、残ってくださった方達と一枚。

一夜あけて、翌日は品川舞踊連盟の浴衣会。
「京の四季」を踊らせていただきました。
ポニーテールに浴衣で。

弟子の寺島さんも参加。
「潮来出島」を踊りました。
急遽二ヶ月前に出演を決めたのですが
短い時間で一生懸命お稽古して、立派に舞台をつとめました。
お疲れ様。
開演前、緊張でちょっとテンパっている寺島さん)^o^(。

会場は芝の増上寺だったのですが
帰り際、猿回しさんに遭遇。
前日に外記猿を踊ったこともあり、なんとなくご縁を感じて近寄ったら、ちょうど休憩に入るところでした。
猿回しのお兄さんが「どうぞ遊んでやってください。」と言ってくれたので
しばし一緒に過ごさせてもらいました。
私の膝ですっかり落ち着いてくつろぐ猿のキーちゃん。
可愛かったなぁ。

明日になりました金曜赤坂座。
NDnet(日本舞踊ダンサーズネットワーク)【金曜赤坂座】定期公演夏の会
於赤坂黛アートサロン
6月29日19時開演
清元『玉屋』…若見匠祐介
長唄『外記猿』…花柳錦翠美
義太夫『雪』…泉裕紀
ご来場お待ちしています(^_^)/!!
さて下の写真の中には実は二匹のネコがいます。
一匹はすぐにわかりますよね。
もう一匹はどこでしょう?
答えはこちら。
二匹目のネコちゃんをアップにしたのがこちら。
渋谷駅近く・明治通り沿いにある古いカバン屋さんの看板ネコちゃんで、結構有名だそう。
ちなみに手前のネコちゃんの名前は「ハッチ」だそうで。
皆様ぜひお運びくださいませ!
いつもの国立劇場などとはまた違った雰囲気のサロン公演で
これはこれでお楽しみいただけるのではないか、と思います。
というわけで
NDnet(日本舞踊ダンサーズネットワーク)【金曜赤坂座】定期公演夏の会
於赤坂黛アートサロン
6月29日19時開演
清元『玉屋』…若見匠祐介
長唄『外記猿』…花柳錦翠美
地唄『雪』…泉裕紀
ご来場お待ちしています(^_^)/!!
私は一年365日毎日夢を見る。
というか、誰しも夢は見ているらしいから、正確には一年365日見た夢の内容を覚えている、と言ったほうがいいのだろうか。
少なくとも夢を見た記憶がない、とか
夢は見たようだが、どんな夢だったか全く覚えてない、ということはまずない。
しかもその夢には色はもちろんのこと
たいていは異様にリアルな触覚、味覚、臭覚などもともなっていて
朝起きるとだいたい一人生(ひとじんせい)生きてきたかのように疲れている。
で、時々(最近特に)
どっちが現実なんだろう…という気になることがあって
もちろん実際にその見分けがつかないほどボケてはいないが
ただこちらが実であちらが虚、というような明確なボーダーはなくて
もしかしてあちらの世界はあちらの世界として
あのとりとめのない、カオスのような、 不安で甘い共鳴音が始終流れているようなあちらの世界が実際に存在しているのではないか、という錯覚にとらわれそうになる時がある。
今自分がいる世界はあちらからすれは夢で
自分は夢の住人のような。
夢に取り込まれる、という表現があるが
実際にそうなったらそれはゾッとするくらい恐いことなのだが
そのスレスレのところをさまようそこはかとない不安や孤独感は
どこか愉悦感と限りなく似ているような気がしてくる。
だからこそなお底の知れない恐さを感じてしまうのだが。
夢を見るのは
不安でそして待ち遠しい…。
というわけで
本日もお疲れ様でした。
おやすみなさーい。
帰り道、自宅の階段の前でふと気配を感じて振り返ると
なんと5匹ものネコがズラリ!
びっくりするやら可笑しいやら。
即カメラを向けたのですが
残念ながら1匹は撮り損なっちゃいました。
うちの前の通りはよくノラ(ほぼ半ノラ?)がウロウロしていて
気候のいい日の夕方など
どこからともなくワラワラと集まってきて
車の往来のあまりないのをいいことにゴロンゴロン寝そべっています。
それにしても
ノラの座右の銘とも言える「人間への警戒心と適度な距離感」はどこへやら。
のんきなネコ達です。
尾道出身の弟子のYさんから
尾道の町並みが描かれた絵はがきをいただきました。

4枚セットなのですが
どのはがきにも必ずネコが出演しています。
尾道はネコで有名な町なんだそうですね。
知らなかったなぁ~。
右下の、港が描かれたはがきに出演しているネコちゃんは、よーく見るとお魚を口にくわえています。
いたずらネコちゃんですね~。
可愛いっ!

6月29日、赤坂の黛アートサロンで『外記猿』を踊ります。
国立劇場での舞台などとは違い、お客様との距離がとても近く
衣装は自前の着流し、かつらもなし
音もテープで、という
いわゆるサロン公演です。
出演は三人のみ。
会の司会・進行も出演の三人でつとめます。
昨日は『玉屋』を踊る若見匠祐助さんと、進行についての打ち合わせでした。
私同様、動物大好きの祐助さんですが
なかでも特に猫が好きらしく
現在「とらじろう」という愛すべきやんちゃ猫ちゃんと同居中だそうです(^○^)。
ということで
NDnet(日本舞踊ダンサーズネットワーク)【金曜赤坂座】定期公演夏の会
於赤坂黛アートサロン
6月29日19時開演
皆様ぜひおいでください!!
職質でお馴染み(?)の弟子のKさん。
今日はおニューの浴衣(^○^)でお稽古です。
帯も後ろ手で結べるようになったし、なんだかすっかり浴衣が板についてきましたねー。


青山のお稽古場で
『菅原草紙』でご一緒した花柳楽彩さんと再会。
今日の楽彩さんのオススメは一口サイズのミニ八ツ橋。
確かに食べやすい(^○^)!
下の写真は錦吾先生のお稽古場で久々に会えた先生の愛犬(というより先生の奥様の愛犬)、ゴン君。
なんと御年19才!!
飼い主にとって、愛犬や愛猫が元気に長生きしてくれること以上の喜びはありません。
飼い主孝行だね、ゴンゴン!
えらいぞ!ゴンゴン(^_^)/!
神様も長いことやってると
そうそうフェアプレイばかりもできなくて
君の魂の何がお気に召したか知らないけど
君というちっちゃな命の創造行程で
あれやこれやと
こっそり君に
えこひいきしちゃったのかもしれないね。
おかげで君は
『やたらと愛される存在』というラッキーな位置づけで
フワリフワリと
この世に舞い降りてくることになったんだけど。
だからそれで
さして信心深くもないくせに
すぐに暗示にかかっちゃう単純明快な私は
君を胸に抱いた瞬間に
君をまるごと愛していくことしか考えられなくなった。
君はきっと君でいる最初の1秒から最後の1秒まで
愛されて愛されて
うんとうんと愛されて
そして
神様のもとに還るんだろうね。
君は神様への報告書に
ひらがなだらけの丸文字で
『おかげで いっぱいいっぱい あいされました。 ちょっと うっとーしーくらいでした。』って書くのかな。
毎日毎日何かと忙しくて
少しお疲れ気味の神様が
君のその無邪気で拙い報告書を読んで
クスクス笑いながら
次もまた
君にえこひいきしてくれるといいな、なんて思ったりするよ。


お流儀の委員会のあと
創作自由市場の会合へ。
昨日は会議のはしごの日でした。
おなじみ花柳智寿彦さんちのH君と
ぎゅうぅぅぅごっこ。


日本舞踊協会東京支部城南ブロックの舞踊会が9月2日に国立劇場大劇場で開催されます。
昨日はその企画実行委員会が藤間掬穂先生のお宅でありました。
会議終了後、掬穂先生のお孫さんのSちゃんとしばし遊ばせていただいたのですが…。
このSちゃんがよく笑ってくれて、とにかく可愛いぃぃぃぃ。
あまりの可愛いさに、こっそりバッグに入れてお持ち帰りしようとしたのですが(^o^;)
意外とバッグの中は居心地がよかったのか
カメラを向けると、掬穂先生が持ってくださったバッグの中から、バッチリカメラ目線(^_^)/をくれました。
『たっち』どころか爪先立ちまでできるSちゃん。
この可愛いルックスと、この足腰の強さ、将来はやっぱり舞踊家さんかな~!?
今日はチビAちゃんのお友だちのKちゃんがお稽古場に遊びにきてくれました。
久々の全員ショット。
皆大きくなりましたねー。
つい半年前の写真と比べてもお顔や体格が成長しているのがわかります。
なんだか嬉しくなっちゃいますねー。
寺子屋のほうも後半戦。
初めて参加のチビAちゃんも、二回目のAちゃん・Sちゃんも、身体に気をつけて元気に全うして欲しいと願うばかりです。
久々の休日。
午前中、着物作家をしている弟子のYさんが主催・出品する『賄い展』に行ってきました。
『賄い展』とは…
料亭などで板前さんが自分達のために作る食事のことを賄い、とか賄い飯とか言いますよね?
『賄い展』というのは、つまりその着物バージョンで、着物作家が自分(や自分の友人家族)のために作った着物の展示会、という意味だそうです。
ユニークで楽しい作品が出品されていて、見てて飽きません。
原則仕事の合間に作る、とのことなので、そうそうたくさんはできないのでしょうが
こんなに楽しい着物や帯、もっともっといろんな作品を見てみたい!と思いました。
案内をしてくれたYさんが今日着ていたのは、浅黄の地にトランプ模様の紬!
不思議の国のアリス、かな?
可愛い!!

『賄い展』は練馬区立美術館で6月3日まで。
午後からは花柳大日翠さんと藤間菊李さんのお宅へ。
皆で餃子を作っていただきました!
たくさんおしゃべりして、たくさん食べて、お腹いっぱぁぁぁぁい(^○^)!!

楽しい一日でした。
朝出かけようとすると
タトウ紙の上にドカッと陣取って邪魔をし

ありがとうございました(^○^)!!
今すぐにアップできる写真がなぜかこんな楽屋でのご陽気ショットしかなくてすみません…。
左から花柳寿美琴音さん、私、花柳大日翠さん、花柳喜衛文華さん、の『車曳』女仕丁。
皆々楽しく素敵な仲間達でした。
「菅原草紙」は昭和15年に開催された第26回花柳舞踊研究会で初演、
今回72年ぶりに復活上演された全十場の舞踊作品です。
出演させていただき、本当に本当に幸せでした。
一夜明けて日曜日は朝から城南ブロックの「寺子屋」。
さすがにちょっと疲れたかな…と思いつつ稽古場に行ったのですが
子供達の元気な顔を見たら、逆に疲れがふっとんじゃいました。
受付のおてつだいをしてくれる子供や
一年生のちびっこの面倒をみる子供も出てきて
踊りだけではなく、人としてもスクスクと成長している子供達を頼もしく感じます。
「寺子屋」も3ヶ月が過ぎて、国立劇場での本番までちょうど折り返しの頃。
後半も皆身体に気をつけて頑張ってね~!
花柳舞踊研究会の『菅原草紙』も今週末にせまり
国立劇場大稽古場での稽古・稽古の日々が続いています。
が、今日はまたまた朝から雨。
今回の稽古日は本当に雨に降られることが多いですねぇ…(^_^;)。
気温が低いわりには雨で蒸し暑い中、稽古が終了。
で、明日はフェーン現象で30度近くまで気温が上がる(らしい)中、通し稽古。
体調管理をしっかりして、本番でいい舞台がつとめらるよう頑張らなきゃ~(^_^)/!!
私は『車曳』の場と
最終景の『天神祭揃え』の場に出演させていただきます。
5月21日付の読売新聞に『菅原草紙』についての家元先生のインタビューも掲載されています。
読んでくださいね(^_^)/!
入院していた友人の全快祝いの帰り道
以前私自身が病気をし
入院・自宅療養含めて3ヶ月もの間休業した時の、主治医の先生の話を思い出した。
当時早く復帰しなければ…とあせる気持ちと
もう私なんかダメだと思う気持ちと
いろんな感情がない交ぜになって
身体的な苦痛のみならず、精神的にかなりまいっていた私に
主治医(日大板橋の徳橋先生(^-^)/!)の先生がこんな話をしてくださった。
「プロ野球でもなんでも、一流と言われる選手は怪我や故障をした時はすぐに休む。二流の選手にかぎって『大丈夫です、出ます、出ます』と言い張って無理をして、取り返しのつかない事態になる。あんたは、一流の舞踊家なんだろ?」
私は「一流になりたいという志しだけは持って、頑張っているところですが…」と答えた。
先生は「だったら休むべき時に、ちゃんと身体を休ませてあげられるようにならなきゃダメだ。あんたたちの仕事は身体が資本なんだから。」
ふっと肩の力が抜けて
いつの間にかポロポロと涙が頬を伝っていた。
また、気があせるわりには恐怖心に勝てず、いつまでも車椅子や杖を離せなかった私に、先生は同時にこうもおっしゃった。
「まぁ、僕があんたならこれぐらいで引退なんか考えないな。とりあえず明日あたり一回踊ってみたら?」。
まだ杖なしでは歩くことさえままならなかった時のこの言葉は衝撃だった。
その時点で踊ることなどまだとうてい無理も無理、ということは、もちろん先生は充分わかっていらしたし
前述の言葉とは一瞬矛盾しているようにも聞こえる。
が、その話をうかがった時こそ
それまでどうしてもどうしても(また病気が再発して、あの耐え難い激痛に見舞われるのではないか、という)恐怖心に打ち克つことができなかった弱虫の私が
始めて前向きになれた瞬間だった。
「まだ歩けもしないのに踊ってみろって???」頭の中で何度も先生の言葉をリピートしながら帰宅したその日の夕方
自宅の廊下でソロリソロリと杖を離し
壁を伝って歩いた時の
窓から射し込むオレンジ色の夕陽を
今でも鮮明に覚えている。
発病してから全く使ってなかった左足は筋肉が痩せてしまい
それから復帰までにはまだ1ヶ月半もの時間を費やすことになるのだが
不思議とどうにもならない焦燥感からは解放されていた。
結局その後私は
リハビリや筋トレの甲斐あってか
事情を知らない人には病気だったことを全く信じてもらえないくらい、以前よりも強固な身体になって復帰した。
また、以前も書いたが
復帰して初めての舞台では
尊敬してやまないある舞踊家の先生に
「一度病気をすると、舞台家は用心することを覚える。私達の仕事は身体が資本なんだから、そういう意味では大きな怪我や病気も悪いことばかりではないんだよ。」というお話をしていただいた。
痛いくらい胸にしみ入ってくる温かい言葉だった。
病気になったことで降板してしまった舞台もあったし、稽古場も休まざるをえなかった。
当然人様に迷惑をかけたし
踊れない悔しさも嫌というほど味わった。
私にとって病気は『悪いこと』以外の何物でもなかった。
が、先生のその言葉で
最悪の3ヶ月だったからこそそれを前向きに捉えよう、というふうに考えが変わっていった。
以来私の中では『治療より予防』『身体のコンディショニングも仕事のうち』という意識が強く根付くようになった。
私ごときの毎日でも
生きていればいろんなことがある。
楽しくてハッピーなことばかりとは限らないし
時には自分で持て余してしまうくらい大変なことにも出くわす。
が、起きてしまった出来事そのものには(特殊な場合を除いて)それ自体の性格はないと思うし
多面体としてのその出来事を、どの面からどのように捉えて受け入れていくかで人の生き方は変わっていく。
わかってはいても、一旦心が負のスパイラルにはまってしまうと
なかなかその心グセから抜けられなくなることもある。
前向きであろう、建設的であろう、としても
思ったように心のコントロールができなくなる。
そんな時
丸まって固くなった背中を解きほぐし、前にグッと押し出してくれる言葉や行動は
何にも代えがたい宝物のようなものだとしみじみ思う。
そういえば昨年亡くなった友人(と言ってもひとまわりも年上だが)が
生前よく言ってくれた言葉を思い出す。
「何でも楽しんでやるのさぁ。苦手なこと・嫌なことほど楽しみながらやるんだよ。風邪ひいたら、あぁ、治す楽しみができたなぁ、くらいに思うのさぁ。」そう言って笑っていたKさんは
昨年の秋、闘病の末亡くなった。
彼の葬儀は
生前のKさんの人柄が忍ばれるような
温かいものだった。
殺陣の稽古にも通っている弟子のKさん。
先日殺陣用の木刀を持って国立劇場の近くを歩いていたら
警官に職務質問を5回もかけられたそう。
そういえば国立劇場の回りには
国会議事堂はあるは裁判所はあるは警視庁はあるは…。
無理もない、と言えば無理もないのですが
でもこんな善良そうなお顔なのに…(^^ゞ。
話を聞いて爆笑してしまいました。




「花柳舞踊研究会」(於・国立劇場大劇場)の稽古の合間を縫って
今日はひさしぶりの子供教室。
チビAちゃんが風邪でお休み、SちゃんとAちゃんのお姉さんコンビでのお稽古でした。
今日は二人に新しい浴衣が届いたので着てみました~(^○^)。
以前浴衣会のおりに同じ柄の浴衣を作ったのですが、二人ともあっという間に背が伸びてしまうので(背が、というより足の長さが伸びている、という感じですが…)、このたび作り直したもの。
赤やピンクの、綺麗な色の子供らしい浴衣も可愛いけれど
こういう大人用の反物で作った浴衣を子供が着る、というのもまた可愛いいんですよね~。
ところでいつもの三人娘以外にもう一人、見慣れない可愛い女の子の写真。
午前中、何年かぶりに駅でバッタリ会った古い友人の娘さんです。
お習字やバレエなど、四つの習い事をしているとかで
今日もその習い事に行くところとのこと。
実は私は彼女のうんとちっちゃい頃に一度会っているのですが
すっかり大きくなって、もう小学生。
ハキハキとした屈託のな い元気な女の子に成長していました(^○^)。
ママである私の友人は写真を辞退。
スッピンでも充分美人なのに残念っ!
愛しくて
愛しくて
愛しくてたまらないものを見つめる時
どうしてちょっとだけ哀しい顔になるんだろう。
そういえば
愛と哀とは
同じ音。


はちのかぶりものシリーズの向こうをはって(?)
手ぬぐいをかぶってみせてくれた藤間菊李さん。
にわかには信じがたいでしょうが
いつもは本当に聡明で
着物のよく似合う和風の美女です。
本当です、嘘じゃありません。
スカイツリーのオープンが間近。
東京タワーよりはるかに高い電波塔の誕生で、下町が活気づいている。
ところで
小学校低学年の頃だっただろうか、小倉の親戚の家に泊まりがけで遊びに行った。
お茶の先生をしている大好きな叔母の家で
叔母には、私にとっては従姉にあたる娘が二人いて
私より十ほど年上のその従姉達二人も
『綺麗なお姉さん』という形容がぴったりの、優しい雰囲気のある素敵な人達だった。
ちょうど私がおじゃました日の翌日から
上の従姉が東京に友人と遊びに行くことになっていて
叔母と従姉は私の歓迎会(?)のための夕食を準備しながら
たぶん従姉にとっては初めてのことであろう、父兄同伴なしでの花のお江戸ツアーについて
何やら楽しげに会話をはずませていた。
その中で
従姉が叔母に「おかあさん、お土産は何がいい?おかあさんの欲しいもの絶対に見つけてくるから何でも言って!」と聞いた。
叔母はしばらく「そうだねぇ…」と考えると
「じゃ東京タワー買ってきて。」と答えた。
そして「え???」という、まさに鳩が豆鉄砲の顔をした従姉にいたずらっぽいまなざしをむけると
「つまり何にもいらないってことよ。あなたが無事に戻ってきてくれることが一番のお土産。」と言った。
従姉は「わかった。」とうなずき
二人で顔を見合わすと、にっこりと微笑みあった。
この光景は私にとっては驚愕だった。
親子の間において
冗談まじりのコジャレた(?)会話など
わが家ではあり得ないことだったからだ。
キッチンで微笑みあう叔母と従姉の姿は
馴染みのない不思議なもの、であり
同時に限りなく羨ましいもの、でもあった。
いずれにしても、数十年たった今でも鮮明にに覚えているくらいの(私の中での)レアもの感覚だった。
私はその後東京の大学に進学し
以来今日まで東京に生活の拠点を置いている。
当然東京タワーにも何度か遊びに行ったし
東京タワーのある東京を地元に近い感覚でとらえるくらい、東京に暮らして長い年月が過ぎた。
もはや東京タワーも日本一ではなくなり
『東京タワーをお土産に』という冗談も、いささか間の抜けた感じに聞こえなくもない。
それだけ私も年を重ね
駆け足で人生を終えた母の年令に近付きつつある。
ふと
今もしまだ母が存命だったら
私は母とどんな会話をするのだろう、どんな会話ができるのだろう、などと思ったりする。


『花柳舞踊研究会』のお稽古の帰り
バス停まで六本木ヒルズの中を通っていくのですが
その道すがら、おしゃれなペットショップを発見。
売られているペットグッズがいちいち激カワなのですが
私の興味はやはりグッズよりも生(?)動物。
お風呂で身体が半分になったチワワ(もともとちっちゃいのに…)や
背中にハートのペインティングをしたフレンチ・ブル…。
ああ~、可愛い、可愛いぃぃぃ!!
犬でありさえすれば、牛と見まごうばかりの巨大なものから、極小のティーカッププードルまで
なんでも好きで好きで好きで仕方ない私ですが
その中でもより気持ちが動くのが
ボストン・テリアとかフレンチ・ブルとかブル・テリアとか、アメリカン・ピット・ブルとかとか…。
シェルティーやコリーのようなハンサム犬もいいけど
ちょっといかつくて間の抜けた顔で、遊ぶのが大好きな犬種も可愛くてたまりません。
ハート模様のおしゃれなフレンチ・ブル君とも
ひとしきり遊ばせていただきました。
人間にまじって楽しそうにサッカーをするフレンチ・ブルをよく見かけますが
このハート君も日頃ボール遊びか何かで鍛えているのか
私の顎になんどもヘディングを入れてきました。
ハート君、ゴーーール(^○^)!!